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森谷公俊(著)・鈴木革(写真)「図説アレクサンドロス大王」河出書房新社

アレクサンドロス大王の遠征について「アレクサンドロスの征服と神話」などの本を数多く書いた森谷公俊先生から、アレクサンドロス大王に関する新刊書がでました。今回の本では、ダレイオス3世の死までの時期のアレクサンドロス大王東方遠征そのものを主題にすえています。


まず、アレクサンドロスの率いたマケドニア軍の強さについて、それをもたらした要因の一つに機動力を取り上げています。そして、機動性、スピードをもたら した物は補給のあり方を大きく変えたことであると指摘します。なお、補給に関する話は東方遠征の説明の場面でも度々登場します。小アジアで部隊を分けて進 軍したこと、イッソスの戦いに到る過程でのペルシア軍の動き、スサからペルセポリスへの急な進軍、季節により変わる「王の道」の二つのルート、ペルセポリ スでの4ヶ月の滞在といった事柄について、補給上の理由についての指摘がなされています。

そして、本書では著者が実際にアレクサンドロス東征に関わる場所を直接訪ねていますが、特にイランに行って実際の遠征ルートを特定するために調査した際の 成果が十分にいかされています。仮説段階ではありますが、スサからペルセポリスに到るまでの「王の道」が夏と冬で2つ別々のルートが存在したこと、実際の ペルシア門の位置やアレクサンドロスの進軍路、迂回路も通説とは大部違う所にあることを、豊富な現地の写真とともに示しています。

その他、行軍のペースやどのくらいの規模の集団を形成していたのかといった問題、通訳や歩測家といった遠征を支えた人々、遠征中のアレクサンドロスや将校 達の日常生活、ペルシア帝国の交通通信網といった東征を進める上での様々な問題についても言及がありますし、遠征軍の補給の様相が帝国からの解放者として 歓迎された序盤と帝国中枢の侵略者として抵抗を受けた中盤では大きく違いが見られること、遠征中度々見られる渡河について大規模な遠征軍をどのように川を 渡らせていたのかの考察もなされています。そしてアレクサンドロスの肖像をめぐる話、アケメネス朝の帝国理念、そして遠征中にアレクサンドロスが追った負 傷の話等々も盛りこまれています。

本書では著者が別の本で扱った内容をコンパクトにまとめて取り込んでいるところも見受けられます。序盤の対ペルシア帝国三大会戦および軍事指揮官としての アレクサンドロスについては講談社選書メチエアレクサンドロス大王」で、ペルセポリスおよびペルセポリス炎上事件の真相については吉川弘文館「王宮炎 上」でそれぞれ詳しく扱われています。そこに著者がカメラマンとともに実際にイランにて行った遠征路の調査の成果も盛りこまれています。

東方遠征というと、アレクサンドロスの戦った会戦や攻城戦、様々な軍事作戦や、彼の統治のありかたについて等々では多くの本がでています。本書でもそうい う内容はある程度触れられていますが、「一つのポリス」が移動しているような大規模な遠征軍がギリシアから今のアフガニスタンパキスタンのあたりまで遠 征することを可能にした物は何だったのかをあきらかにしようとする試みとして本書は非常に興味深い所があると思います。それとともにアレクサンドロスと 戦ったアケメネス朝の実力を改めて認識させられるのではないでしょうか。

本書は著者の調査にカメラマンも同行してくれたため、図版も非常に多く、これを読んで、アレクサンドロス大王東征のルートをたどってみたいと思う人もいる かもしれませんが、21世紀をむかえてなお政治的に不安定な状況が続く場所も多く、またイランでの調査で著者達は非常に苦労した事をうかがわせる話があと がきにもみられることから、今、アレクサンドロス大王の遠征ルートをたどることは非常に難しいことだと思います。確か昔BBCのドキュメンタリーがあった ような気がしますし、それを元にした本も出ていたような記憶もありますが、本書やそういったものを通じて遠征軍の困難に思いをはせてみるのが、今の時点で 何とかできることでしょうか。


(追記:2014年5月4日)

その後、何度か読み直してふと思ったことを追記しておきます。本書は東方にそれこそ一つのポリスなみの規模を誇る大軍を遠征させるという行為自体がテーマとなっている一冊です。現時点で連載中の漫画「ヒストリエ」の主人公エウメネスが書記官として帯同しながらどのような地域を遠征したのか、そしてどのようにして大軍を進めることができたのかと言うことについて知る手がかりになるとおもいます。

漫画の連載自体は現在はまだフィリッポス2世の時代までしか到達していませんが、今後の連載でアレクサンドロス大王の東征もでてくるでしょう。エウメネスも東征の裏方として色々関係してきそうな立場にいますので、本書でも少しずつ取り上げられているアケメネス朝ペルシアの交通システム等々帝国の統治の仕組みは、あの漫画のエウメネスならば深く関心を抱くことになるのではないでしょうか(史実のエウメネスがどう思うのかは知りませんが、案外色々と興味を持ちそうな人だったのではないかと思っています。利用できそうなものはどんどん採用しそうな雰囲気がありますし)。