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葛兆光(橋本昭典訳)「中国は“中国”なのか 「宅茲中国」のイメージと現実」東方書店

「中国」という言葉でイメージされる領域はどこからどこまでを指すのか。また中国をどのように捉えるのか。初出は紀元前11世紀の青銅器銘文である「中国」という言葉にはさまざまなイメージがこれまで投影されてきました。

「中国」とはなにかという問いに対して、中国自身がどのように対応してきたのかだけでなく、日本、そして欧米で「中国」をどのように捉えてきたのか、例えば東アジアのなかにおける中国、元や清の研究からみたユーラシア世界の一部としての中国といった、漢民族国家としての中国という捉え方と違う見方が提示されています。さらに「想像の共同体」論など流行の理論に乗り、それに当て嵌める形で中国について考察する論もみられます。

本書では、歴史の流れのなかで「中国」についてどのように人々がとらえてきたのか、そして中国に接した他国・他地域の人々がどのように考えていたのか、さらに学術研究の場面で中国をどのように捉えてきたのかをまとめています。

扱われている内容を見ると、いわゆる「セン淵体制」下で境界を意識させられた宋代における「中国」意識の顕現、地図や『職貢図』『山海教』などにみられた具体的かつより正確な情報を集積しつつ、一方で観念的・理念的な世界観も残り続ける有様、華夷変態をへた中国に対して朝鮮や日本が向けた優越感を含んだまなざし、清末民国初頭にかけてみられた「アジア主義」言説といった「中国」をめぐる思想的な動向を扱った内容がまずみられます。

さらに、アジアや中国に関わる学術研究の進展との関わりにも触れられています。満州、モンゴル、チベットなど、中国の“周辺”をめぐる研究がどのような背景のもとで進められていったのか、「西域」や「東アジア海域」といった伝統的な中国研究の枠組みを超えた領域を扱う研究の持つ意味や問題点にもふれられています。さらに日本に対する中国の影響を考えるにあたり、道教の日本への影響がとりあげられています。こうした学術研究の歴史をあつかいつつ、中国の学術が日本や西洋の学術と接する中で近代中国の学術発展にどう影響したのかといったことも考えていく内容となっています。

本書は「中国」をめぐるイメージがどのように変わり、現実はどのようであったのか、その一端を知ることができる内容であるとともに、学術研究のあり方について色々と考えさせられる内容が含まれています。学術研究の場でも、政治や文化、社会的な制約から自由になるのは難しく、そのことは日本における満州やモンゴル、チベットなどの研究の背景、津田左右吉の中国文化と日本文化に対する見方のジレンマなどにそれは現れています。

本書の姿勢としては学術研究と政治的背景の関わりを重くみるというところがみられ、それに関しては随所でふれられていますが、そのこと以外で個人的に興味深いところを挙げると、他地域の研究と張り合う・競争することを通じ何か独自の学術を立ち上げようというところでしょうか。まず、序章でみられるさまざまな研究動向の紹介とそれに対する姿勢にそれが現れているように思います。

日本の学術書や論文を読んでいると、ある理論を援用して物を書くことや新しい研究動向に乗って研究を進めることは至って普通のことのように思えてきます。「想像の共同体」論が流行ればそれに乗っかった論文や著作が次々に現れる、ポストモダンなどの流行り物で使われている用語を多用する、最先端の理論をすぐさま反映した内容の本や論文が書かれていく、こう言った状況に遭遇した人は多いでしょう。

これに対し、本書ではさまざまな研究動向を取り上げるのですが、それに寄りかかるのではなく、それぞれの理論について検討を加えながら、理論によりかかるのではない歴史論述をめざしていくというスタイルをとっています。そして「想像の共同体」論に対する姿勢にも現れていますが、特にポストモダン的な視点に対しては、それが極めて特殊な状況で生まれたものであり、ヨーロッパでは適応できても果たしてそれ以外では同じように扱えるのか、かなり厳しく捉えているところがあります。他方、中国については古くから文化的まとまりが作られてきたこと、「中国」の境界も宋代あたりにある程度つくられてきていることなどを挙げ、ヨーロッパの理論では捉えきれないというかんじの著者の書きぶりからは、近年の中国の存在感のさらなる増大、意識の変化が見られると言うと少々言い過ぎでしょうか。

学術に関しても日本や西洋からの衝撃をうけた中国の側で、それまでの学術のあゆみをふまえたうえで、今後中国が「中国」をどう捉えるのか。本書は新たな視点の取り方を模索し「周辺から中国を見る」という方法をとりながら中国を描き出そうとしています。正直なところ、読むのが楽とは決して言えない(むしろかなり骨の折れる読書となりました。そのため感想を書くのが大幅に遅れたのですが)、しかし分野の違いを問わず読んでおくべき一冊だと思います。