まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

パニコス・パナイー(栢木晴吾訳)「フィッシュ・アンド・チップスの歴史」創元社

昔、テレビで「名探偵ポワロ」をやっていたとき、エンディング近くでポワロがフィッシュ・アンド・チップスを文句を言いながらも、もぐもぐたべている場面を見た記憶があります。話のはじめのほうで、イギリスにあるのは食べ物であって料理ではないと豪語した美食家ポワロがイギリスの大衆向けファーストフードのようなものを食べている場面はなんとも皮肉な感じがしましたが、フィッシュ・アンド・チップスは一体いつ頃から食べられるようになってきたのか。

本書の中身を大まかにまとめると次のような感じでしょうか。まず、フィッシュ・アンド・チップスがどのような経緯を経て成立してきたのか、また今でこそ「英国の料理」といったらフィッシュ・アンド・チップスという感じで扱われていますが、この料理に対するある種ステレオタイプ的なイメージがどのような展開をへて生まれたのか、そして「イギリスらしさ」の代表のように扱われるフィッシュ・アンド・チップスが実はそのルーツに当たる部分及びその後の発展において、様々な集団が関わっているのではないか、このようなことを扱っていきます。

本書で扱われている事柄を少しばかりあげると、揚げた生魚を食べるようになるまでの魚の調理法や食べ方の変遷からは近代の交通手段の発展との関わりも見えます(遠洋でとれたタラが鉄道で各地に運ばれフィッシュ・アンド・チップスに使われる)。また、労働者向けの栄養補給食的なものから「イギリスらしさ」を象徴する名物料理、国民食のようなものへ変わることや魚を揚げる臭いが反ユダヤ主義的な印象を与えるモノからイギリスを思い起こさせ郷愁をさそうモノとなるなど、あるモノに対する見方や扱いが変化する過程が描かれています。

そして何より、揚げた魚というユダヤ人の調理法と揚げたジャガイモというフランスやベルギーの料理がイギリスで一つにあわさることや、フィッシュ・アンド・チップスの店舗展開や店舗の経営に移民としてやってきた人々がかなり関わっていること、そして、食と民族のステレオタイプの結びつきが見られること(インドとカレー、イタリアとピザなど)、食を手がかりにしながら、イギリス社会と移民の関係やエスニシティにまつわる様々な事柄に話が広がる展開が見られ、非常に面白く読めます。

各国の料理事情を見ていくと、人の移動にともなう文化の伝播により、新たな料理が生まれていくと言うことが見られます。日本の食文化についても、小麦粉を衣としてあげる調理法で素材を調理して食べるのはポルトガルから伝わったと言われていますし、中国から引き揚げてきた人たちの存在無くして戦後日本での焼き餃子中心の餃子の発展はみられなかったでしょう。食文化を手がかりに世界のつながりや歴史的展開を考えるヒントになる本ということで、新学習課程での「歴史総合」なんかにも役に立ちそうな気がします。まあ、難しいことは置いておいて、読み終わったら麦酒を飲みつつフィッシュ・アンド・チップスでも食べてみてはどうでしょう。日本でも食べられるところは色々ありますし。