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しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

鈴木恒之「スカルノ」山川出版社(世界史リブレット人)

スカルノというと、第二次世界大戦前から民族運動の主要人物として登場し、インドネシア独立の中心メンバーであり、独立後もインドネシアの大統領として国をまとめ、国際社会では「第三世界」「非同盟諸国」のリーダーとして振る舞った人物として世界史では登場します。まあ、現代では元夫人が電波芸人とかしていて、その関係で知っている人もいるかもしれません。

本書は、そんなスカルノの生涯を、オランダの植民地政策とインドネシアにおける民族運動の展開や日本軍政下でのインドネシアの状況、そして独立へ向けた戦いと独立後のインドネシアの歴史展開の中に位置付けながらまとめています。

倫理政策のもとで教育制度が整ってきていたことや、西洋思想と土着的な価値観がスカルノの考え方に影響を与えていたことなどの背景的な話とともに、インドネシア民族運動の展開において彼がどのような行動をとってきたのか、軍政下での彼の振る舞い波動であったのかと言ったことがまとめられています。そして軍政下での振る舞いに対しては、民族運動勢力の中でも批判があったことや、対日協力をしていないが故にのちにオランダとの交渉相手となれたものがいたことなどの興味深い話が取り上げらています。

さらに独立後のインドネシアおよびスカルノについてもまとめられています。宗主国との戦いを経て独立を勝ち取ったという話はどの教科書にも出てくることではありますが、独立と主権回復を最優先にしたことから経済面ではオランダや外国企業の従属下に置かれたことや、植民地軍を共和国軍に受け入れさせられるなど、独立後の国づくりは決して容易ではなかったことなどがうかがえます。

本書では独立後のインドネシアにおいて、国内で民族主義運動の時代から見られたイスラム教、社会主義、世俗的な民族主義といった考え方の違いや、ジャワとそれ以外の島々といった地域の違いといった要素を抱えながら、戦後の共和国をどのように作るのか試行錯誤が行われた様子が描かれています。

そして、スカルノ儀礼上の元首という立場を超え国政へ介入し、自らを「公正にして繁栄する社会」を望む人民の代弁者としたうえで、「指導される民主主義」という権威主義体制を作り上げ、軍と共産党の均衡を維持しつつ指導していくようになるが、やがてマレーシア問題への介入の不首尾と経済面での失政が政治的緊張を高め、九月三十日事件を経て失墜する過程を描いていきます。

本書は分量は非常に少なくコンパクトなのですが、いろいろなことが盛り込まれています。インドネシアの民族運動・独立運動が決してスカルノの独壇場ではなく、のちに副大統領になるハッタや独立戦争の終盤に対蘭交渉の窓口になったシャフリアルなどいろいろな人々が活躍していたことや、スカルノの結婚や女性関係なども適宜触れられる中、スカルノがどのような環境で育ち思想形成したのか、彼が関わったインドネシアの民族運動や独立運動、そして独立国家インドネシアのあゆみと彼の関わりがまとめられています。

人民の支持を背景に人民の代弁者として振る舞った彼が支持を失い権力の座から転げ落ち、人民から断絶させられた環境で最終的に死に至るという彼の姿は、現代風に言えば「ポピュリスト」といったところでしょうか。独立後も国内安定より革命路線追求に走るところは、なんとなく20世紀後半の他国でも似たような現象が見られるように思います。独立を達成した「乱世の英雄」が国を安定・発展させるのに向いていないように見えることはありますが、彼らがなぜ失敗したのかを検討すると見えてくるものがありそうです。そして、スハルトの陰画としてスカルノが高く評価され(もちろん問題があったことを指摘する人もいますが)、現在に至っているところも考えさせられるところがあります。