まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

小松久男「近代中央アジアの群像」山川出版社(世界史リブレット人)

近代中央アジアというと、漫画の「乙嫁語」の舞台として知っている人もいるでしょう(漫画の時代設定としては、おそらくこの本で扱う時代よりも前だと思いますが)。また、世界史の授業ではウズベク族の3ハン国とか習ったなと思い出す人もいるかもしれません。

ウズベク族3ハン国(実際のところ、ブハラはブハラ・アミール国だったりするのですが)は19世紀後半にロシアの支配を受けるようになり、ロシアはこの地に総督を派遣して植民地支配を行いました。ロシアの支配はムスリム社会には徴税と治安以外には干渉しないほうしんでのぞみましたが、それは言って見ればそれ以外は旧来の仕組みがそのままということでもありました。当然教育制度についても従来型のマドラサによるイスラム諸学の教授といったものでした。

それに対し、中央アジアにも近代的な教育が必要であるという考えのもと、中央アジアにおける啓蒙活動に従事するものたちが現れ、さらに中央アジア自治を求める運動も発生してきます。本書で扱われる4人、ベフブーディー、フィトラト、ヴァリドフ、ルスクロフは帝政ロシア末期からロシア革命ソ連の成立と発展という激動の時代をいきながら、前述の近代的な教育の普及や自治といったものを求めた人々です。本書は彼らの生涯に触れつつ、近代中央アジアの歴史を描いていくという構成になっています。

背景にあるものは随分と違いがありながら、教育の近代化や自治を求める政治活動へ関わり、さらにロシア革命とソヴィエト政権に対してもそれぞれの立場からかかわっていった彼らですが、最後は寂しいものがあります。ベフブーディーはブハラ・アミール国の配下のものに捕らえられて拷問のすえ殺害、フィトラトとルスクロフはスターリン時代のソ連で粛清されています。唯一天寿を全うしたヴァリドフも亡命生活を余儀なくされています。そして、ソ連時代には彼らの活動は正当な評価を得たとは言い難い状況が続いていたことも述べられています(ペレストロイカの時代まで再評価はされなかったとか)。しかし、彼らの活動が中央アジアのその後のアイデンティティや国のあり方に与えた影響は大きかったことは本書の随所からもうかがい知ることができると思います。

ガスプリンスキーの啓蒙活動や近代的な教育を行う新式学校設立と、それに影響されたジャディード運動の重要性や、彼らが中央アジアに留まらずいろいろなところを移動していたこと(ベフブーディーはメッカ巡礼も成し遂げています)、当時イスラム世界で発行されていた新聞や雑誌の論説が色々な形で彼らの活動に影響を与えていることなど、他にも興味深い事柄がとりあげられています。人・情報・ものの伝達がそれ以前と比べても活発化した時代だからこそ、彼らの活動が活発化したというところでしょうか。