まずはこの辺は読んでみよう

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小沼孝博「清と中央アジア草原 遊牧民の世界から帝国の辺境へ」東京大学出版会

中央ユーラシアの遊牧民の持つ軍事力は前近代において周辺の定住民に対して圧倒的に有利であり、それを駆使して大帝国を建設した勢力としてはモンゴルなど があります。中央ユーラシアの歴史において遊牧民が中心的な存在であった時代はジューンガルの征服で終わりを告げ、18世紀、19世紀に中央ユーラシアは ロシアと清の2帝国の辺境へと転換していくことになります。

では、清と戦ったジューンガルはどのような支配体制を形成していたのか、そしてジューンガル征服後の清はどのような支配体制を形成したのかと言うことに関 しては明らかにされていない音が多くあります。また、ジューンガル征服の後も中央アジアの草原地帯にはカザフなど遊牧民達が多く存在しますが、そう言った 遊牧民達と清朝の間にはどのような関係が形成されていたのかということもそれ程研究は進んでいないようです。

本書ではジューンガルの支配する中央アジア清朝の支配下に入る過程と、清朝がジューンガル征服後に接するようになったカザフなど中央アジア遊牧民の世 界との関係をまとめて、中央アジア草原の変わりゆく姿を明らかにしていきます。そのさい史料としては満州語で書かれた公文書を多く用いながら、清朝が ジューンガル征服後のオイラトでどのような支配を行おうとしたのか、そしてそれが何故反乱の発生とオイラトの壊滅的状況の招来、そして駐防八旗の設置など の政策実施に到ったのかを前半で明らかにしてきます。

そして、ジューンガルの支配領域を継承した清が周辺遊牧民に対して自分達の支配の正当化の手段として「エジェンーアルバト」関係(主従関係のようなもの) を利用していったことを指摘しつつ、一方でジューンガルの支配領域を巡り、あくまで清は全体を支配していると主張しつつ、実際には実効支配している地域は それよりずれている様子を示していきます。カザフのと清の関係についても駆逐するのが困難となると皇帝の恩恵としてすませているという姿勢をとったり、哨 所を各地に設けそれを結ぶ境界線で支配領域を分けていくようになっていきます。

ジューンガルの歴史については一般書でもそれをあつかった書籍はありますが、清とジューンガルの戦いとその結末をかくところまでで、その後の支配体制など についてはそれ程深くは扱われていないような印象がありますが、第1部ではその辺りの様子が詳しく書かれていきます。また第2部では清のジューンガル領支 配とカザフとの関係について、理念と現実のずれが、やがて遊牧民に対する属人主義的支配(エジェンーアルバト関係)と属地主義的支配(哨所で結んだライン を境界として支配を固める)の矛盾、そして属地主義的な路線を強める中で遊牧民の世界が清朝の「辺境」化していった様子が史料を基に描かれていきます。今 まで個人的には空白地帯のような形で知識が欠落していた中央アジアの歴史について、色々と詳しく知ることが出来、非常に興味深い内容でした。

拡大した帝国をどのように統治するのかということは前近代の帝国において常に課題となっていた事だと思います。新たに加わった領土・住民をどのように扱う のか、さらに領土拡大により新たに接するようになった人々や地域とどのような関係を作るのか、そして新たに生じた状況を支配体制の中でどのようにとりこん で位置づけていくのかということでは色々な対応をしてきたのではないでしょうか。清朝の多元的な属性というものも、帝国拡大期の一過性のものであり、それ は時代が下れば変わっていく要素なのではないかとも思いますがどうなんでしょう。