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安村直己「コルテスとピサロ」山川出版社(世界史リブレット人)

コンキスタドール(征服者)」という言葉があります。コロンブスの航海以降、新大陸各地の征服を進めたスペイン人たちのことをそのように呼ぶのですが、その評価については、先住民の虐殺や社会の破壊などの点で、今ではかなり否定的な評価が強いのではないでしょうか。

様々なコンキスタドールたちがいる中でも、特に有名なのはアステカ帝国を征服したコルテスと、インカ帝国を征服したピサロの2人でしょう。本書では、彼ら二人が新大陸へ渡りコンキスタドールとして活動し、その後どのようになっていったのかを描き出していきます。そして、征服地でのスペイン人と先住民の関係についても興味深い事例を提供しています。先住民とスペイン人の結婚や子供を引き取って育てるなど、両者の関係は流動的だった様子が伺えます。

貧しいながらもイダルゴの家の嫡子として生まれ育ち、親が相当手をかけて育て、のちには親が宮廷への根回しもしてくれたり、さらに大学で法学を学び、能弁で報告書も出版し、セブルペタなど文人たちとの交際もみられるコルテスと、庶子たちの中でも明らかに親からの扱いが悪く、読み書きもできず自らについてあまり語ることも、様々な文書も残さなかったピサロ(生まれた年がわからないと言うのは初めて聞きました)、そだってきた環境の違いが彼らの人生にも影響を与えていきます。特にピサロについては統治者としての資質を欠く要因はここにあったと言えるでしょう。

この2人をはじめとするコンキスタドールの活動は王室との協約により認められたものもあれば、現地の役人との協約で実施されるもの、全く許可もなく勝手に行われたものがあり、さらにコンキスタドールたちの間でも対立と緊張が常に存在していたことが本書で示されています。彼らは皆野心を抱いてやってきたものたちなので、いかにして相手を出し抜くか、そしていかにして危機を回避するのかということに神経を使いながら遠征計画を実現していったことが明らかにされています。さらに、コンキスタドールたちの活動は情報が伝わるとともに分岐と接続をおこし、メキシコ・中米の征服がペルーの征服と接続する瞬間もみられ、その偶然がピサロの破滅をもたらしたことは初めて知りました。

そして、アステカ帝国の征服、インカ帝国の征服についてもページを割いて説明していますが、その背景にはどちらの国も内部で不安要素を抱えていたことが指摘されています。アステカの勢力拡大が、他の先住民たちの間で不満と反発を生んでいたことや、インカの帝位をめぐる内戦がおきていたことがなかったならば、コルテスもピサロも決して短期間で征服することはできなかったでしょう。それに限らず、本書では先住民たちの動向について触れた箇所がいくつかあり、キート攻略の要因について先住民の間にあるインカの残虐行為、インカの内戦の記憶を利用したことが挙げられていますし、アタワルパが捕えられ処刑されたあともインカ王族による反乱がおきていたこと、アステカ征服はメシーカ人と敵対する先住民の側から見るとスペインとの共同事業のように捕えられていたことなど、興味深い事例がみられます。

征服には成功したものの、2人とも統治から排除されていきますが、植民地統治にも力を注いだもののコルテスは統治能力が高く危険とみなされ総督の座を追われ、ピサロは統治能力を欠き部下などとの敵対関係を生み出して破滅したという終わり方をしています。本国による統治体制がこの後整備されていくことになりますが、植民地からいかに利益を引き出しながら統治するのかを考えたとき、コンキスタドールのような人々にはもはや居場所はなかった、むしろ邪魔だったのでしょう。

コンキスタドールたちの活動が様々な方向に枝分かれしたり繋がったりしながら各地へと広がり、新大陸がスペインの支配下に入っていった征服の時代から、征服地に安定した支配体制を作り、そこから利益を得るようになる統治の時代への移行期に生きた2人の活動は、征服地で産出される銀がその後の経済のながれ、つながりを発展させ「世界の一体化」へむかう流れを生み出すうえで大きな意義があるということは確かにあったのでしょう。極めて対照的な背景をもつ2人のコンキスタドールについて、彼らの生涯を描くだけでなく、先住民たちがこの状況下でどのように動いていたのかも可能な限り盛り込み、そうした状況も絡み合いつつ彼らが高度な文明を持つ王国を征服できたことや、植民地統治から排除されていくところなどに類似点もみられ、なかなか興味深い一冊でした。