まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

森山光太郎「隷王戦記3 エルジャムカの神判」早川書房(ハヤカワ文庫)

021年春に刊行が開始された「隷王戦記」、第3巻がようやく出ました。第3巻ですが、第2巻終了時点から時は少し経過したところから物語はスタートします。「戦の民」をまとめあげ、ついに「隷王」の地位に叙されたカイエン、それに従うカイエンの部下達やともに戦うことを選んだ戦の民の諸侯たちが戦う相手は、北から迫るエルジャムカ・オルダ率いる「牙の民」の大軍勢と、南から迫るオクシデントの聖地回復軍です。なお聖地回復軍を率いるのはかつてのカイエンの友であるアルディエル、そして想い人であるフラン・シャールも同行しています。以下、内容に極力触れないようにはしますが少し触れながら感想等々をまとめようかと想います。

南から迫るオクシデントの軍勢と北から迫る「牙の民」というオリエント、オクシデントの両面からせまる敵を迎え撃たねばならない非常に困難な状況です。この難局を乗り切るべくカイエンとその仲間達は持てる力を振り絞り、打てる限りの対策を講じるのですが、現存する人ならざる「守護者」のほぼ全てを擁するエルジャムカの軍勢と聖地回復軍はただでさえ非常に強力なうえ、人間であるアルディエルもまた非凡な軍才をもって「戦の民」の軍勢を翻弄します。

圧倒的にカイエン達の不利な状況ですが、唯一「背教者」の3つの能力を一人の人間が全て継承すれば「守護者」の王であるエルジャムカを討つ事が可能であるということが分かっています。第2巻の終盤で「背教者」の能力を持つ者二人をカイエンは生かしており、その状況は第3巻でも続いています。「(普通の人、守護者、背教者をとわず)人を救う」という意思を示したカイエン自身があえてそれを選択したのですが、はたして長年続く「守護者」と「背教者」の抗争関係はどのような結末を見せるのか、カイエンはエルジャムカを討つ事は出来るのか。

2巻は戦いの連続という展開でしたが、第3巻も南で聖地回復軍を迎え撃つカイクバード侯とその軍勢、北で「牙の民」の軍勢と対峙するカイエンたち「戦の民」の軍勢、それぞれにおいて激しい戦いが続きます。この巻もまた「戦記」という言葉がちゃんとあてはまる内容になっています。人間同士の武勇と知略を尽くした戦いに、「守護者」と「背教者」という人ならざる者たちの能力の発現が組み合わせられ、互いに能力を持つ者が相手にいる中で、それをいかに封じるか、回避するかが描かれています。如何に自分たちに有利な状況を作り出そうかと策を練り、相手を出し抜き、あるいは策にはまったと見せかけて逆に自分の術中にはめるという展開をうまくまとめているように思えました。読んだ限りの印章ですが、個人の武力、そして知略ということでは人間の中ではアルディエルが最強なのではないでしょうか。

「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」というブレヒトの劇中の台詞がありますが、本書における英雄達を見ているとまさにこれを思いおこします。カイエンにせよエルジャムカにせよ、英雄としてあがめられる者は何万、何十万、それどころか数百・数千万にも及ぶ人々がその個人に命を預けても良い、捨てても良いと思わせることができる存在のようです。彼らの判断一つで多くの命が散っていくことになりますし、実際彼らはかなり非情な選択をしているところも見られます(エルジャムカの能力に対抗するため多くの犠牲を出すことも辞さないなど)。華々しい活躍を見せる英雄達の武勲が何によって成り立つのか、人の上に立つ者が背負わねばならないものは何なのか、そのような存在を許容することが果たして出来るのか、「英雄」のあり方やそれへの向き合い方は人それぞれ想うところはあるでしょう。「英雄」なき世をどのように作っていくのか、本書の後日譚としてその辺りを読んでみたいと想うのは少々贅沢なわがままでしょうか。

1巻と2巻を読んだとき、果たしてこれは3巻で完結させられるのだろうかという感想を抱きました。活躍を期待したくなる多くの登場人物、様々な政治勢力や集団が登場していましたが、それぞれを掘り下げていくとどうやっても巻数は膨大なものとなるのは確実と思えました。連続ものの物語は書き始めてからどんどんと話が広がっていき、気がつくと終着点が見えなくなっていくということがあります(「ゲーム・オブ・スローンズ」の原作とか)。最悪の場合、作者が亡くなってしまうグイン・サーガのようなものもあります。そうならずにきちんと話を締めくくることが出来たのは何よりも良かったと想います。一方で、まだまだ掘り下げて欲しい人物や出来事、そしてこの3巻分の物語の前史(エルジャムカの勃興とか)、人ならざる者が消えた世界における人間達の奮闘など、書いて欲しいと思ってしまった事柄は色々あります。願わくば、「スターウォーズ」シリーズのようにこの3巻を核として色々な世界が展開していって欲しいと思いますが、果たしてどうなりますか。