まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

イェルク・ムート(大木毅訳)「コマンド・カルチャー」中央公論新社

昔、世界に2種類のタイプの学校がありました。一つは上級生による極めて理不尽な下級生しごきが横行し、カリキュラムもおよそ本来その学校で求められてい ることとは遠い内容に重点が置かれ、指導も画一的というきわめて硬直化した学校で、こちらでは学校で教えられた答えが大事にされていますし、生徒と教官の 関係も一方通行的な感じです。

もう一つは上級生によるしごきが容認される雰囲気ではなく学生同士でそれを止めさせようとする動きも普通にあり、カリキュラムもその学校で必要とされるこ とが正しく教授され、なおかつ生徒の自主性が重んじられる学校で、こちらではある問題に関して、生徒・教官の間での活発な議論も展開されています。

そして、これらの学校が作られた国ですが、一方の国は軍事に重きを置く価値観が強く、なおかつ権威主義的な国家として知られ、もう一方の国は民主主義国家として自由や平等が重んじられる国家です。

では、最初に出てきた学校と、次に出てきた学校ですが、それぞれどちらの国に作られていた学校でしょうか。実は最初に出てきたのはアメリカの陸軍士官学校 や将校を養成するための学校の話で、次に出てきたのはドイツの陸軍幼年学校や陸軍大学校といった学校のことでした。民主主義的価値観を重んじ、極めて自由 なアメリカにおいて軍人の教育に関しては極めて硬直した仕組みが作られていること、一方のドイツでは権威主義的な社会で自主性を重んじる気風が学校にあっ たこと、こうした組み合わせに衝撃を受ける人も多いのではないでしょうか。

本書は将校の教育課程からみたアメリカとドイツの比較史というべき内容ですが、アメリカのウェストポイントやドイツの幼年学校について扱われた部分は教育 にたいして関心のある人が読んでも非常に面白いと思います。軍事に重きを置く社会だったからこそ、ドイツの陸軍幼年学校のやり方がうまくいっていたところ もあるかもしれませんが(逆に、しつけを期待して入れて失敗する事例もあったようです)、子供の教育は本来はこうありたいと思う描写が目につきました。逆 に、ウェストポイントには絶対入れたくないと言いますか、なんというか、通過儀礼的な厳しさという物が果たして教育においてどこまで意味があることなのか と疑問を感じずにはいられなくなってきます。

何故ここまでしっかりとした将校教育ができていて、上では目標は決めるが、底に到る過程ではかなりフリーハンドを与えている委任戦術も実行できるドイツ軍 であれば、有名な参謀本部に入るような人々もこの教育課程を経ているはずなのに何故うまくいかなかったのか、ろくに現場の知識もなく型にはまったことしか ほとんどの将校ができていないアメリカ軍が何だかんだと行っても勝利しているのは何故か、興味は色々とわいてきますが、そこまでは本書の考察の対象ではな いのでしょう。

そういった所が気になりましたが、リーダーシップをとれる人材を如何にして育てるのかと言うことに興味がある人は、軍事に興味が有る無し関係なくこれは是 非読んで欲しいと思います。個人的には昨今の日本の大学があれこれ入試制度をいじくろうとしているのもなんとなく分かる気がしてきます。塾の勉強にどっぷ りと浸っているだけの人間ってリーダーシップ育成とはかなり違う方向に育っているわけで、それがあまりにも多くなると、大学の機能自体にもかなり悪影響を 与えかねませんし。