まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

プルタルコス(城江良和訳)「英雄伝4」京都大学学術出版会(西洋古典叢書)

古代ローマにおいて、「モラリア(倫理論集)」において様々な随想を残したプルタルコスの最も有名な作品というと、「英雄伝(対比列伝)」ではないでしょうか。しかし全訳は品切れ重版未定の状態の岩波文庫しかありません。その岩波文庫版も、旧かな・旧漢字で少々読みにくいと思う人もいると思います。ちくま学芸文庫のものは、全訳ではないのと、時代順の配置になっており、元々の著作のギリシアとローマの人物を対比するというスタイルが分からなくなってしまっています。

しかし、現在京都大学西洋古典叢書シリーズから、プルタルコス「英雄伝」の刊行が進んでいます。当初このシリーズでプルタルコスの諸作品を訳されていた柳沼重剛先生がお亡くなりになり、どうなることかと思っていましたが、訳者の方が交代してからも順調に出続けています。そして全6巻のうち4巻目が出ました。

今回は、次のようなラインナップとなっています。

・キモンとルクルス
・ニキアスとクラッスス
・アゲシラオスポンペイウス
そして
エウメネスとセルトリウス

の4組です。何れの人物の伝記も、美点欠点を色々と取り上げながら、対象となる人物について掘りさげていく感じの話です。そしていよいよ、「ヒストリエ」の主人公エウメネスの伝記がでました。本の帯も、「ヒストリエ」を意識したのか、「アレクサンドロスの書記官エウメネスやローマ共和政末期の政治家ポンペイウスら傑物たちの事績を伝える」と、前面にエウメネスが押し出されています。では、エウメネス伝は何頁くらいあるのかというと、実はページ数は36頁だけで、ポンペイウスの130頁と比べると圧倒的に少ないです。しかし、今回はエウメネス伝の感想を中心に書いていきます。

エウメネス伝はセルトリウスとの対比で語られていきますが、プルタルコスのこの両者を比較した評価を読むと、エウメネスにたいして厳しく、セルトリウスの方が評価されているように感じました。元老院議員および司令権者で人望があり、それ故に人々から指揮を委ねられ最後に敵対者が少し現れた(それにより殺された)セルトリウスと、書記官上がりで多くの将軍と対立し、敵対者や反対者が常に多くいるなかで、危機に陥ったエウメネスという構図になっています。そしてこの両者を比較する中で、エウメネスは自ら好んで権力を得ようとして無用な戦いを展開したためにこのような結末となったと言うようなとらえ方もしているようです。

一方、エウメネスの資質を高く評価しているところもあり、「真に偉大な揺るぎない心をもつ者は、むしろ不運と蹉跌に見舞われながら挽回しようとしているときにこそ、本当の姿を現す」事例として、エウメネスのことを取り上げていたりしますし、軍の指揮や味方の統率に関して様々な工夫を凝らしている姿をしっかりと描いています。

才能はあるが、カルディア出身でマケドニア人でない彼がマケドニア人の中で上昇しようとすれば、それを面白く思わない者たちを多く作ることになり、結果として身の破滅を招くことなったという感じの展開です。彼の死に様も、争いを好む彼が望むように生きたことで必然的に迎えたものだったということでしょうか。エウメネス伝および、セルトリウスとの比較の所を読むと、プルタルコスはこのような視点でエウメネスの生涯を捉えてまとめているように思えます。

平穏な暮らしを望もうと思えばそれができたのに、敢えて戦いのなかに身を置く事を選んでしまうタイプの人って実社会でもいると思います。とにかく他人と競い合い、自分が頂点にたつことを求める上昇志向もほどほどにしたほうがより良く生きられるのではないかと思いますがどうでしょうか。一方、ある社会や組織でマイノリティに属する人間が上昇しようとしたときに壁にぶつかることはよく見られることです。マケドニアにおいては何だかんだといっても非マケドニア人は不利な面があり(あのネアルコスでさえ、大王死後には中枢から外されてしまうことになります)、まして優れた資質があることは間違いないが書記官であったエウメネスともなると抵抗は遙かに強くなるのは無理もないのかもしれません。己の資質・実力だけでは越えられない何かというものをそのまま認めてしまって良いのかどうか。

エウメネスという一人の人間の伝記をよんでいて、このようなことを思いながら読み終えました。21世紀の日本に生きている人間と、2300年くらい前の古代人の考え方、さらには1900年くらいまえのローマ時代の人間で同じ出来事でもとらえ方は当然違いますが、これを手がかりに、人が良く生きるって一体何だろうと考えてみるのも良いのではないかと思います。今回はエウメネス伝の感想を中心に記述しましたが、それぞれに長所と短所があり、それによって様々な出来事を経験した人々の伝記を読みながら、自分の生き方について考えてみても良いのではないでしょうか。

なお、エウメネスの風貌についての記述もあり、優しげな顔つき、典雅な若者のよう、均整のとれた四肢、人の心を動かし魅了する術をもつと行ったことが書かれています。漫画「ヒストリエ」のエウメネスもこのような感じを意識しているのかもしれません。