まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

コルム・トビーン(栩木 伸明訳)「ブルックリン」白水社

時代は第二次大戦後、主人公のアイリーシュがアイルランドのエニスコーシーからブルックリンへ渡り、苦しいことや楽しいことをいろいろと経験し、やがてダ ンスパーティで出会ったイタリア系移民のトニーと恋をし、そしてある出来事をきっかけに帰郷するが、そこで…、という流れです。

実は、粗筋はほとんど裏表紙に書かれているのですが、心理描写や会話の巧みさ、戦後の社会の様子(黒人に対する差別意識がまだ残っていたり、アメリカの移 民社会における差別の問題、野球の人気が高かったりするところ等々)が描き出されています。それが、劇的な展開が連続するわけでもなく、平凡な日々が綴ら れているこの話を面白くしているのだと思います。

ブルックリンにおいて、当初ホームシックに苦しんだアイリーシュですが、そこでの仕事や日々の暮らしに追われる中でエニスコーシーのことは段々ぼんやりと していきます。終盤に帰郷したときにはそれと逆にブルックリンでの日々やそこで出会った人については全く別の世界のことのように感じ始めます。

しかし故郷を離れてブルックリンにいったアイリーシュはすでにそれまでの彼女とは違うものとなっており、もはや昔に戻ることはできないということに気づか されることになるのですが、新しい何かの始まりと旧い何かの終わり、そして寂しさと希望のようなものをエンディングからは感じました。

私にとってこの本は、何かが終わり、何かが始まる、その時の寂しさや期待のようなものが心にしみいる一冊でしたが、このような感覚は、別のアイルランドの作家の本を読んでも感じたのですが、なにか心の琴線に触れる物があるのかもしれません。