まずはこの辺は読んでみよう

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池上俊一訳「中世奇譚集成 東方の驚異」講談社(学術文庫)

人が自分のいる所と空間的・時間的に違う世界をどのように認識し、表現してきたのかと言うことに関しては様々な本が書かれています。ある本では地図に書かれた世界観から迫り、また別の本では図像史料や書き物から迫っていきます。

そのような世界観についての本には、中世ヨーロッパを題材として書かれたものもあります。中世における異文化の発見についてその概観をまとめた樺山紘一 「異境の発見」(東大出版会、1996)がありますが、そこでは中世人にとっての異境として「古代」とならんで「東方」をとりあげています。このように概 説的な本はあるいっぽう、実際に中世人が書き残したもので手に取りやすい物はなかなかなかったように思います。

そんななかで、本書のように中世ヨーロッパで実際に幅広く読まれたり伝えられた東方を題材にした物語が邦訳されて読めるというのは非常によいことだと思い ます。中世ヨーロッパの人々が東方世界に対してどのようなイメージを抱いていたのか、それを知る手がかりとして本書に収められているのは、アレクサンドロ ス大王がアリストテレスにあてて送った書簡と、日本では「プレスター・ジョン」として知られている司祭ヨハネがヨーロッパの君主に宛てて送った書簡とい う、“偽書”2つです。

どちらを読んでみても、まず、東方には莫大な富が存在し、東方が非常に豊かな世界であるというイメージがここぞとばかりに示されていきます。ポーロス王の 宮殿にある金や宝石で出来た葡萄の木、これでもかとばかりに絢爛豪華な財宝に満ちている様子が描かれた司祭ヨハネの宮殿、いずれも東方の富や豊かさを強調 している描写です。両者を読むうちに、この部分に関しては、司祭ヨハネの手紙のほうで詳しく扱われていると感じました。

また、東方は通常ではまず存在しないような怪異・怪物に満ちた世界というイメージも抱いていたようです。司祭ヨハネの手紙では、怪物のような蟻が出てくる 場面があったり、平賀源内が一山当てようとした火浣布を彷彿とさせるサラマンダーの皮膜のような不思議なアイテムがでてきたりします。怪物・怪異と言うこ とに関してはアレクサンドロスの手紙のほうがより多くの割合を割いて叙述しているような気がします。

アレクサンドロスの行軍の描写からは怪異のまっただ中を進む苦難が感じられ、東方が単に豊かで魅力的な場所ではなく、危険に満ちた世界としても描かれてい ます。巻末解説で訳者が「魔界に踏み込んだようだ」という感想を述べていますが、豊かなイメージだけでなくそのようなイメージも盛り込むことでどのような 効果を狙っていたのか気になります。

また、司祭ヨハネの手紙はヨーロッパ各地に俗語ヴァージョンが出来て出回り、これを受けてローマ教皇も書簡を送ったりしているようですが、時代としては ちょうど十字軍とかがあるころですし、当時はそれだけ切実な問題意識がこの書簡の読み手にはあったのでしょう。自分たちを脅かす(と感じている)イスラム 諸国の背後にキリスト教国があり、それと手を組めば現状を何とか出来ると考える人がいてもおかしくないでしょう。