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間野英二「バーブル ムガル帝国の創設者」山川出版社(世界史リブレット人)

ムガル帝国の創設者バーブルというと、インドの歴史の人物というイメージが強いと思います。そんな彼の伝記はあるようで無かった(本の1章と言うことであ ればありましたが)のですが、それが今回山川出版社の「世界史リブレット人」シリーズの一冊としてでることになりました。本書は彼が自ら書き残した著作 「バーブル・ナーマ」の記述を元に描き出していきます。構成としてはバーブルが生きた時代の政治情勢の概略、バーブルの生涯、そしてバーブルの文人として の側面、彼の人柄と時代という感じになっています。

バーブルというと、ムガル帝国の建国者ということでインド史の中で扱うことが多いのですが、彼はティムール帝国の末裔であり、中央アジアにその拠点を持っ ていた君主です。そして、現代のウズベキスタンで非常に人気のある人物であると言われています。そんなバーブルですが、単なる掠奪の軍旅ではないインド征 服は彼の晩年近くなってから行われたことで、彼自身は中央アジアでの勢力拡大を最後まで諦めきれなかったようです。まわりにはウズベク族やサファヴィー朝 など強大な勢力も多い中、インドへと矛先を転じることになった彼の奮闘の過程が描かれています。バーブルが生きた時代の政治状況の概略は、見慣れぬ国名、 次々と登場する似たような人名に戸惑う方もいるかもしれませんが、そこは軽くながして、次のバーブルの生涯から読んでいっても良いかもしれません。

そして、「バーブル・ナーマ」などバーブルの著作が取り上げられます。著者は「バーブル・ナーマ」の魅力について、「簡潔無比の明晰な文体、諸状況の的確 な描写、鋭い人物批評、自己の内面の告白、それにときに見られるユーモアのセンス」を挙げて、さらに最大の魅力を「率直さ、正直さ、気どりのなさ」として います。その率直さは新婚時代のバーブルの少年に対する「初恋」、飲酒癖、君主として即位して間もない頃に苦境に立たされ泣いたこと等々の記述の引用から も非常によく分かります。また、地理的記述が詳しいことや人物評価の鋭さも言及されていますが、実際に本書ではインドや中央アジアの様子が詳しく書かれて いる事、バーブルの目を通して当時の様々な人々の姿がわかりやすく伝わってくるところなどが示されています。

また、バーブルの人間性について、率直さ・正直さ・周囲の人に対する思いやりのほか、敵に対する苛烈さもあることに言及しています。息子のフマーユーン (ムガル帝国2代目)にわかりやすい文章を書くことときちんとした文字を書くことを指導しているところに現れた息子への愛情、まるで八甲田山の行軍のよう な大変な展開となったヘラートからカーブルへの帰り道において見せたリーダーシップと度量、一方で敵を討ち取ってかった首を使って首の塔という強烈な物を 作ったり自分を暗殺しようとした物に対する厳しい処罰にみられる苛烈さ、そういったところもきちんと紹介されています。個人的にはフマーユーンのエピソー ドは文字と文章の件のほか、バーブルの死にまつわる話もよんでいて心に響くものがあります。

本書はバーブルの生涯と人柄を100頁に満たない分量でわかりやすくまとめていておすすめです。ちなみに著者は「バーブル・ナーマ」の邦訳や研究書を書い ている方で、「バーブル・ナーマ」という書物をこよなく愛している様子が窺えます。やはりこれは文庫本にして出して欲しいですね。岩波文庫あたり、どうで しょうか。