まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ワレリイ・ブリューソフ(草鹿外吉訳)「南十字星共和国」白水社

ソヴィエト政権が樹立する前、帝政末期のロシアにおいて流行したロシア象徴主義という文化の潮流があります。象徴主義といっても、どういうものなのか、よ くわからないという人もいるでしょうし、わたしも少し調べた程度なのでちゃんと理解しているかというと怪しいのですが、内面的な世界を象徴的に表現しよう とする象徴主義という潮流がロシアに伝わって発展したというところでしょうか。

そんなロシア象徴主義の中心的人物として活躍したブリューソフの短編集が復刊されました。扱われている作品は、現実と非現実が明確に分かれていない、現実 が非現実に侵食されるような奇妙な世界を舞台にしたものが多く掲載されています。「トワイライトゾーン」や「世にも奇妙な物語」といったテレビ番組も作ら れた現代世界では、こういった雰囲気の作品はごくごくありふれたものだとは思いますが、テレビ番組ではどうしても様々な制約がかかり、描くことが難しい性 や死を扱った作品も多く見られます。

読んだ中では、「いま、わたしが目ざめたとき」「南十字星共和国」「姉妹」「最後の殉教者たち」あたりは死や破滅といった雰囲気がより強く現れているよう な気がします。特に「最後の殉教者たち」は、血の日曜日事件に端を発するロシア第一革命の動乱の同時代人であった彼だからこそ、革命に伴う混乱に迫力を与 えているように思います。

読んで印象に残った話というと、一番最初に取り上げられた「地下牢」です。一見したところ、まるで地下牢での悲惨な出来事が何もなく、姫もそれをさらっと 忘れてしまったかのような、運命の変転を描いた作品です。最初に登場して以来、何故獄につながれていたのか全く説明のなかったマルコについて終盤でさらっ と説明がありますが、マルコを遠ざける理由は果たして反乱分子だったからだけなのかというと、多分違うのではないかとも思います。

獄につながれている時に、姫とマルコは心を通わせ、ある約束を交わしますが、姫に取り獄中での出来事はあまりにも悲惨な出来事であり、それに関わるものす べてを遮断したいがゆえに、物語の結末にあるような形でマルコに対応したのでしょう。忌まわしい過去を思い出させる、自分の惨めな姿を知っている、そうい う人間をできるだけ遠ざけたいと思うのはごくごく自然なことであると思います。

まるで革命によって樹立されたソヴィエト政権をモデルにしているかのような「南十字星共和国」や、革命により旧来の信仰が滅ぼされていく過程を死や性の要 素を強く表しながら描いた「最後の殉教者たち」をよむと、ロシア革命によりソヴィエト政権が樹立され、社会主義体制へと移行していった時代に、彼がボリ シェビキ政権でも要職に就き、文化活動に従事したというのは何故なのか、非常に不思議です。社会主義体制に奉仕するために芸術が存在する世界と象徴主義っ て、水と油のような気がするのですが。