まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

レオ・ペルッツ(前川道介訳)「第三の魔弾」白水社

コロンブスが新大陸に到達したあと、スペインによる新大陸征服が進み、中南米を中心に広大なスペイン植民地が形成されます。植民地化においてコンキスタ ドールとよばれる人々が黄金を求め、新大陸にあった先住民の国家を征服していきました。ピサロによるインカ帝国征服、そしてコルテスによるアステカ王国征 服はその際たるものでしょう。

一方、この時代はドイツにおいて宗教改革が起きた時代であり、プロテスタントカトリックの衝突が起き始めていました。またそれとともに、ドイツの貴族とヨーロッパにカトリック帝国を打ち立てんとする神聖ローマ皇帝カール5世の間で争いも起こっています。

新大陸と旧大陸でこのような状況が生じている時代を舞台に、ドイツで皇帝と対立して帝国を追われた貴族が新大陸に行ったらどうなるか、そしてそんな貴族が 反皇帝ということでスペインのコンキスタドールと戦うという設定にしたらどうなるか、そしてそこに怪しげな力の働きを絡め、ある一人の貴族の数奇な生涯を 描く物語を作るとどうなるか、ここに挙げた設定を全て盛り込んで描かれた伝奇的物語が本書です。

主人公グルムバッハがコルテス軍に立ち向かうために小銃を悪魔の力を借りながら手に入れる、しかし小銃の持ち主が呪いをかけ、1発目は彼が守ろうとしたア ステカ国王モクテスマ、2発目は彼が愛した先住民の女性、そして3発目は彼自身を打ち抜くことになるという運命が予告されます。このように先に起こること が予告されるという展開は同じ作者の「ボリバル侯爵」にも見られますが、ボリバル侯爵でとられた叙述のスタイルの原型がこの物語にはあります。実際に1発 目、2発目は呪いのとおりになるのですが、それが達成されるまでのプロセスが巧みに作られていると思います。

そして何より、3発目の自分自身を撃ち抜き殺すことになるという呪いは確かに成就されるのですが、このような形で達成されるという話の展開には驚かされま した。古代ローマの刑罰に「記憶抹消刑」がありましたが、なんとなくそれを思い起こすような、こういう方法があったかと。プロローグを読み、そしてエピ ローグを読むと、仕掛けの巧みさに気付かされます。

グルムバッハはプロテスタント側貴族として皇帝と対立、帝国にいられなくなり新大陸へ逃れることになり、そこでアステカ国王モクテスマなどアステカ王国の 人々から厚遇されます(土地をもらったり色々助けられたようです)。宗教対立が原因で新大陸へと渡ることになり、渡った先で先住民に助けられるというこの あたりの経緯は、なんとなく「ピルグリム・ファーザーズ」の逸話を思い出すものがあります。「ピルグリム・ファーザーズ」以降のイギリスの植民は恩を仇で 返すような征服の歴史となりますが、グルムバッハとドイツ人たちはモクテスマの恩に応えコルテス一行に立ち向かうという道を選びます。このあたりは、あり えたかもしれない新大陸と旧世界の遭遇のあり方を想像しながら描いたのでしょうか。