まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ミハイル・シーシキン(奈倉有里訳)「手紙」新潮社

ワロージャとサーシャは恋人同士、一緒に過ごしたこともありますが、やがて二人は別々の処へ。そしてこの二人の手紙のやりとりという形で話が進んでいきま す。しかし読んでいると何やら不思議な感じがしてきます。それもそのはず、サーシャは現代のロシアで暮らしているのですが、ワロージャは何と義和団事件鎮 圧部隊に従軍しており、そこから手紙を書いて送っています。

そんな時間と空間が全く異なるところで書かれている手紙のやりとりにより話が進みます。さらに途中で死亡通知が唐突に出てくるのですが、それでも話は途切 れることなく、ワロージャとサーシャは手紙を書いて出し続けています。両者の手紙では、二人の過去が語られていたり、サーシャの手紙は彼女を取り巻く世の 中の変化や近況が書かれていることがあり、ワロージャの手紙は過酷な戦場とそこで時々見られる人間的で心温まる出来事が書かれています。こんな二人が再び 出会うときは来るのでしょうか…。

読み終わってもなお不思議な感覚が残り、正直なところあまりよく分かっていないところもあります。まず、小説内の時間感覚が通常の物語とは著しく異なって いるような構成をとっています。義和団事件といったら20世紀初頭のことで、鎮圧軍の一員であるワロージャが21世紀ロシアのサーシャと手紙のやりとりを すると言うことは無理だと考えるのが普通ですが、二人のやりとりがうまい具合にかみ合ってしまっています。全く関係のない赤の他人に出した手紙が、名前と か手紙のつながり方がたまたまうまくかみ合っているだけなのかもしれないと思って最後まで読んでみたとき、何とも言えぬ素晴らしい読後感が残りました。

もう一度じっくり読んで味わいなおしたい、そう思う一冊でした。