まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

マーク・シャッカー(野口深雪訳)「ステーキ! 世界一の牛肉を探す旅」中央公論新社

ステーキというと、何か特別な食べ物のような響きがあります。とくにビーフステーキ何て言うと、そうそう頻繁には食べさせてもらえない、ごちそうというイ メージが強いのではないでしょうか。本書は、父親が定期的にステーキを焼いてくれる家でそだった著者が最高のステーキとは何かを求める探求の旅をえがいた ものです。

アメリカのテキサス州で穀物を使い短期間で肥育する、まるで工場生産の製品のような牛肉から、ラスコーの壁画にも描かれヨーロッパで17世紀に絶滅した オーロックスの話(これを復活させようとする活動にナチスもちょこっと絡んでいます。いちおう、これに近い姿の牛は作れるようですが、純然たるオーロック スではありません)、スコットランド(著者曰くステーキ界の聖地エルサレムだそうだ(笑))のアンガス種や希少なハイランド牛、その他イタリア(ステーキ 祭りなる物が登場します)、日本(松阪牛が登場)、アルゼンチン(人間より牛の方が多い、牛肉天国)の牛が次々と登場します。

そして、世界各地の牛と牛肉の話の合間に、牛の種類や肉に関連する様々な話が盛りこまれています。たとえば、アメリカにおける牧畜の歴史や、アルゼンチン の牛肉と世界経済に関係することが出てきたり、牛の脂肪や風味についての科学的な話、上でも触れていますが牛に関係する歴史の話としてオーロックスとナチ スの話がでてきたり、先史時代の人が超肉食系であったという調査報告が盛りこまれ、そして実際にステーキを焼いて味わうときのテイスティングの方法につい て、人間の性格を語っているような方法からまるでワインのテイスティングのような複雑な方法まで色々あることが示される(スコアシートまで作っているとは 恐れ入りました)といった具合で、これがまた著者の語り口(後述しますが)と相俟ってなかなか面白いです。

牛を育て、肉をとるという行為について、近代化・産業化は著しく、大量の穀物とホルモン剤をつかって短期間で肥育するアメリカのやり方と、そうではない草 を食べさせじっくり時間をかける(というか時間がかからざるを得ない)やり方があり、アメリカ的なやり方が各地に広まっている様子が窺えます。前者が工業 製品なら後者は伝統工芸品を作っているような感じですが、短期間でばらつきがないと言う点で穀物肥育のほうが広まっていて、草肥育で大量の牛を育てていた アルゼンチンでさえ草原をつぶして穀物や大豆を作り、それを牛に与えるようになってきているという事態が生じています。

草肥育に関連する話題を続けると、本書では随所に草肥育をすると脂肪が黄色っぽくなるということが書かれていますが、日本では脂肪の色が黄色いと価値が下 がると言う話を読むと、やはり日本人は肉の何たるかをまだまだ理解しきれていないのかと、ちょっと悲しくなってきます。このようなことを書いているからと 言って自分がそれを分かっているという訳じゃないですが、肉を食べているんだか油を食べているんだか分からないようなものは個人的にはあまり買いたくない ですね。

また、牛肉をどのように評価するのかと言うことも世界各地で違うことがよく分かります。脂肪の色も含め、霜降りにやたらとこだわるのは日本くらいかと思っ ていましたが、アメリカの食肉の価値基準でも霜が降っていると言うことは非常に重視されるということは本書で初めて知りました。いっぽう、アメリカではか なり若い牛が高評価になるのに対し、もっと歳をとった牛のほうが風味があると評価されるところ(ヨーロッパ辺り)もあります。

本書は、日本について、奇抜さを強調する事についてはちょっと辞めて欲しいなとは思いましたが、食にかんする本だとついつい旨いかまずいかといった話ばか りになりそうな気がするのですが、単にこの肉は旨いとかまずいとか、そういう話だけではなく(そういう話もあります。できの悪い草肥育の肉について泥水み たいとか、できの悪い手作りワインみたいとかそういうコメントも発していますし)、ステーキとそれにまつわる様々な知識を知ることができます。著者の書き 方もなかなか巧く、比喩やジョークを交えながら難しい話もまとめています。

様々な国を巡って肉を食べてきた著者は、遂には自分で牛を育てると言うことまで行っていますが、その牛を食べる様子を読んでいると、ものを食べると言うこ とは、文字通り命を頂くと言うことなんだなと言うことが非常に良く伝わり、普段買っている食材をもうちょっと大事にしようと考えるきっかけになりました。 ただ、これは触れなくて良かったのかなと言う点を一つあげるとBSEにかんする話はもうちょっと色々と触れてみても良かったのではないかと思います。ビス テッカ・フィオレンティーナ(Tボーンステーキ)はあれのせいで結構大変なことになってしまった記憶があるのですが…。