まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

桜井万里子・師尾晶子(編)「古代地中海世界のダイナミズム」山川出版社

日本で西洋古代史の研究が行われるようになってから、もうかなりの年月になりますが、その間に研究はより精緻なものとなっていますし、対象となるテーマも 広がってきてます。また、研究に携わる教員・学生も普通に海外に留学して研究に励んだり、海外の雑誌に投稿したり、学会で報告したりといったことを行うよ うにもなっているようです。

執筆者の経歴やあとがきを見ると、主に東京大学の西洋史学研究室で桜井先生のもとで学んだり、研究会などで接点のあったとおもわれる人達の論文により構成 されているようです。構成としては、「古代地中海世界」の形成を扱った第1部と、その内部の成熟を扱った第2部からなっていますが、扱われているテーマも 結構幅広く、前古典期のロドス島の遺跡や、シチリア島マケドニア、ガリア、エジプト等々、かなり地域的な広がりもありますし、時代としても前古典期から 古代末期までがあつかわれています。

また、空間的・地域的広がりだけでなく、扱われている内容も多岐にわたります。アテナイにおけるマケドニア王の認識を扱う論文があるかとおもえば、イタリ アにおける牛肉の消費を取り上げた論文、暦や時計を扱った論文があったり、アテナイの評議員制度、賄賂の問題など政治制度に関する論文があったり、歴史叙 述の発展に関する論文も掲載されるなど、非常に幅広い内容が扱われています。

本書は、論文集であるため、すべてをカバーしているというわけではなく、これを読んだら古代地中海世界の形成と発展の歴史のすべてが分かる、と言うことは ないでしょうが、日本における西洋古代史研究の広がりを感じることができる1冊だと思います。本書を読むにあたり、これは単なる「古典古代史」ではない、 「古代地中海世界史」(ギリシア・ローマのみならず、たとえばキリスト教に関してはシリア人修道士の存在とか、シチリアだとフェニキア人、先住民の存在と いった、様々な要素が組み合わさり、混ざり合いながらできあがった一つの世界)の歴史を描き出そうという試みの1冊なのだろうなと思いながら読みました。

昨今、学問を巡る状況は厳しさを増しているようで、特に人文系のような「金にならない・直接役に立たない」分野に対しては“研究者”の中でもきついことを 言う人は増えているように感じます(インカや古代エジプトの発掘を現実と関係ないといってしまうイギリス史研究者もいたりしますが…)。そのような状況下 で、本書で達成された成果を、この後の世代にも引き継ぎ、さらに発展させていく事ができるのかどうか、心配になってくるところはありますが、なんとか、こ ういった本を今後も出して欲しいものです。まあ、本が出るかどうかは、送り手の問題だけでなく、受け手の問題もあるのですが…。