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小松久男「イブラヒム、日本への旅」刀水書房(世界史の鏡)

この本の主人公イブラヒムはパン・イスラム主義を唱えた知識人・ジャーナリストです。メッカやメディナに巡礼し、思想家アフガーニーとも交流を持ち、ロシアの圧政に抗議して自ら雑誌を創刊したりと、とにかく行動力のある人物です。

そんな彼がユーラシア大陸を横断し、日本へやってきて、伊藤博文大山巌頭山満犬養毅らと交流をもったようすや(その際、民族精神護持・西欧化批判・ イスラーム世界の地政学的重要性に度々言及)、ヨーロッパに対抗するためアジアの団結を訴え亜細亜義会という組織を作ったりと、様々な活動をしていたこと が書かれていきます。

その後のイブラヒムの生涯についても、世界各地を回って、現地の様子を見たり、様々な人と議論しながら、イスタンブルまで戻ってくるのですが、彼が旅をしている間に、パン・イスラム主義やオスマン帝国と日本の連携という彼の構想はすでに時代から取り残されていたりします。

それでも、彼はめげることなく、第一次大戦の敗戦や、ソヴィエト=ロシアとの決別、トルコ共和国からの冷遇などをうけながらも活発な活動を続け、日本も再訪し、日本との連帯を盛んに訴え続けています。そこのところを日本に何となく利用されているような所もありますが…。

パン・イスラム主義を掲げ、日本との連携をはかり、ヨーロッパに対抗しようとするという壮大な構想を掲げ、ユーラシア大陸を横断して、各地で活発な活動を 続けたイブラヒムという人物がいたという面白さとともに、日本と縁遠いように思いがちなイスラム圏との交流の歴史を知ることができ、非常に興味深い一冊に 仕上がっていると思います。

なお、イブラヒムという個人についても時代的制約というか色々な限界がある人物だと言うことはうかがい知ることは出来ます。黒竜江沿岸の中国人を虐殺した 事件について、文明を語りながら非道な振る舞いに及ぶヨーロッパ列強の本質の表れとしながらも、ロシア軍にタタール人兵士がいたという難詰にたいして何ら 答えるすべを持たなかったり(単純にタタール人をロシアに抑圧されていると言う図式には収まらない)、日本による朝鮮半島植民地化についても、その是非に ついて何ら言及する様子はなかったり(日本の行動とヨーロッパの違いについて考えた様子はない)、そういったところもありますが、それを差し引いても彼の 行動力や壮大な構想力は凄いと思います。