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アミン・マアルーフ「サマルカンド年代記 『ルバイヤート』秘本を求めて」筑摩書房(ちくま学芸文庫)

『アラブが見た十字軍」(ちくま学芸文庫)でアラブ側の視点から十字軍の歴史を分かりやすく描いたアミン・マアルーフが、中東を舞台に書いた歴史小説を何冊か書いているようです。この「サマルカンド年代記」もそのような小説の一つですが、邦語訳されている物はこれくらいしかないのは残念です(後書きを見ると、マニについての小説もあるらしい。どっかの出版社で出してくれないか)。

 

物語は、オマル・ハイヤームが「ルバイヤート」の手稿本を書く前半部と、失われたと思われた手稿本が発見され、それをアメリカ人青年が探しに行く後半部にわかれています。サブタイトルには「ルバイヤート」秘本を求めてという言葉が書いてありますが、実際に本を求めて冒険することになるのは後半の物語で、ちょっと前半部の内容がサブタイトルとずれているような印象も受けます。

 

前半では、学者として若くして令名をはせるオマル・ハイヤームが、サマルカンドのカーディ(イスラム世界の裁判官)から、一冊の何も書いていない本を渡され、そこに当時は民衆の趣味とされ、それを吟ずることは決して立派なことと見なされていなかった四行詩(ルバーイ)を書くようにもとめられます。その後ハイヤームはサマルカンドからイスファハーンに向かい、そこでセルジューク帝国宰相ニザーム・アル・ムルクと、のちに暗殺教団の教主となるハサン・サッハーブに出会い、ハイヤームと彼ら2人がつながり、そして袂を分かつ様子が描かれていきます。その狭間にハイヤームはかつてカラ=ハン朝の宮廷でであった女流詩人ジャハーンとセルジューク帝国の皇后に仕えている時に再会し、二人のロマンスも挟み込まれています。そして、彼が書いていた「ルバイヤート」手稿本は、ハイヤームの手から離れ暗殺教団の総本山に移り、そしてモンゴル軍の攻撃の中で消え失せたかに見えたのですが…。

 

後半では、失われたと思われた「ルバイヤート」手稿本が再び発見され、アメリカ人青年ルサージがそれを探しにイランへ行く話です。主人公は手稿本をかつて所持していたもののイランを追われイスタンブールに滞在しているアフガーニーと対面し、イランの王女シーリーンとともに一度イランへ入国しますが、ひょんなことからシャー暗殺の共犯扱いされて国を追われてしまいます。そしてイランにあこがれる青年に刺激されて再びイランへ戻って来たとき、イランは立憲革命のまっただ中にありました。イギリスやロシアの外圧にさらされ、国内では旧い専制体制が継続するイランで議会を開設し憲法を制定して民主的な国家を作ろうとする試みと、それが失敗に終わっていく激動の歴史の中、手稿を手に入れたルサージはシーリーン王女を妻としてある豪華客船に乗り込み、アメリカを目指すのですが…、その船の名は「タイタニック」。

 

前半も後半も、中東世界を舞台に、セルジューク帝国、暗殺教団、イラン立憲革命など歴史的に実際に存在したものをあつかいつつ、そこにふっとフィクションを紛れ込ませており、ついついこの本が小説ではなく歴史の本ではないかと思わされてしまいます。かといって、中東世界について予備知識が無くとも十分に読ませるだけの力はあると思いますし、文章もかなり読みやすいと思います。これをとっかかりとして、日本人にはなじみの薄い中東世界の歴史に興味を持たせることは可能なのではないかと思わされる一冊でした。