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立石博高「フェリペ2世」山川出版社(世界史リブレット人)

山川出版社の「世界史リブレット人」シリーズも6割くらいが刊行されました。全部出るまでどれくらいかかるかわかりませんが、無事に刊行されて欲しいですし、可能なら第二期とかも出て欲しいものですが、厳しいでしょうか。

「太陽の沈まない帝国」スペインの国王フェリペ2世の伝記が出ました。その評価を巡ってはかなり否定的なものから、そこまで過激ではないものまで色々ある人物ですが、スペインの「黒い伝説」が形成されていく中で否定的評価が結構つよくみられた時期があったことは確かです。近年フェリペについての見方も色々と見直されるところもあるようですが。

本書はフェリペの生い立ちから王への即位、「カトリック王」として教会の擁護(ただし世俗的利害について教皇と対立することはあった)に力を注ぎながら、複合君主制の国家としてのスペインを拡大し、さらに王国統治にとりくむ様子をまとめていきます。彼の治世に起きた数々の戦いや戦争、「名声」を得るための努力とそのツケとして現れる財政悪化への対応策、宮廷の党派との関わり、国内の改宗者達への対応などの様々な題材が盛りこまれています。

フェリペ2世というと、「書類王」とあだ名されることもある人物ですが、各種顧問会議に設置された秘書局の秘書官達を用い、彼らの答申をもとに政策を決定していた様子が窺えるとともに、晩年に近づくにつれ少人数の有力貴族の評議会で物事を決めるようになるなど、統治スタイルの変遷がうかがえます。王になる前は父カルロス1世がキリスト教的普遍帝国追求のための莫大な戦費をカスティーリャに負わせようとすることにたいし批判的だった彼が同じようなことを行うようになるのはなんとも皮肉なものを感じます。

そもそもがカスティーリャアラゴンの連合のような王国である上、全く違う慣習や制度をもつ複合君主制の国を一人の君主で支配するにあたり、どのような対応を取ることが可能だったのか。本書でもアラゴン王国に対するフェリペの対応から、その一端を示そうとしています。制度を弄ることは困難ななか、制度の枠をたもちながら人的つながりを通じて制御しようとしている様子や、諸国の法を超える形での適用ができる異端審問の仕組みを使うなどの工夫がみられます。

また、フェリペの家族に関する話にもページがかなり割かれています。オペラ「ドン・カルロ」などで有名なドン・カルロスについては、かなり脚色された姿で描かれていることがよくわかりました。小さい頃から反抗的で、最後が暴飲暴食の挙句死んだというところはなんとも言えません。また、フェリペと2人の娘に関する記述もあり、「書類王」「慎重王」と呼ばれたフェリペ2世の人間的な一面が垣間見える場面だとおもいます。

国王として、「名声」を得んがため精力的に統治に取り組み、幾多の戦争を戦ってきたフェリペですが、晩年は国内で王に対する人々の不満がつのり、不穏な情勢もみられたこともまとめられています。妙な予言や予知夢といった怪しいものもあれば、次代の王を支える人々からの厳しい評価まで、様々なフェリペ治世に対する批判的な言動が現れてきます。そういった事柄を終盤で取り扱うこともあるのか、一抹の寂しさを覚える終わり方になっています。フェリペ2世についての最近の研究をもとにコンパクトにまとめた1冊ですので、興味がある人はぜひ読んでみてはどうでしょう。