まずはこの辺は読んでみよう

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松本弘「ムハンマド・アブドゥフ」山川出版社(世界史リブレット人)

ムハンマド・アブドゥフ、と言われても何をした人なのかわからないという人が多いと思います。高校の世界史などで彼についての扱いはどのようなものかとい うと、パン・イスラム主義者アフガーニーの影響を受け、教育と宗教の分野で近代的な要素をとりいれたイスラーム改革に取り組んだ、といったことが出てくる 位でしょうか。アフガーニーの一番弟子のような存在となり、やがて彼と一緒に雑誌「固い絆」を刊行して、大きな影響力を持っていたことが指摘されていま す。

このように、思想面での活動について取り上げられるムハンマド・アブドゥフですが、本書においても、確かに彼の思想面についての話もそれなりに出てきま す。啓示と理性の調和をとることを重んじ、論理一辺倒でもなく無批判に信仰するでもなくその中間を行くことをよしとする思想については、イスラム主義と世 俗主義の対立が今も続くイスラム世界において、まだ学ぶことが多いことをうかがわせます。

しかし、思想面の活動以上に興味深いのが、極めて優れた行政官であったという指摘です。実際にエジプトにおいて官報編集長に就任したり、一時はエジプトを 追われたものの帰国してから後、国民法廷で異例なペースでの昇進を遂げ、さらに自らも学んだアズハル学院の教育環境を整えるための改革を進める運営委員と なっただけでなく、最高ムフティーや立法議会議員にも就任するという具合に、かなり出世しています。

彼が重用された背景には、イギリス及びエジプト政府が行政改革を進めるにあたり、アズハル学院やワクフ行政、シャリーア法廷といったイスラムに関する事柄 は手を出すのが難しかったということがあげられています。イスラムに詳しく、しかも行政官としての能力もある人材という稀有な存在であったがゆえに彼が活 躍できたというわけです。

また、彼が自らのイスラム改革思想を行動で示すことができる地位につけたのもその行政手腕によるものだという指摘があります。いかに高邁な理念、正当な主 張があろうと、それを実現するにはそれ相応の地位を占めねば難しいということは、多くの人にとり実感のあることだと思いますが、彼はそれを可能にした稀有 な存在だったということでしょう。決して、政治活動から離れ思想・教育活動にのみ専念した人物ではないということは留意すべきだとおもいます。