まずはこの辺は読んでみよう

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ケン・リュウ( 古沢嘉通訳)「 蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一: 諸王の誉れ」早川書房

七つの王国が並び立つダナ諸島、その北西にあったザナ王国が陸海軍だけでなく飛行船をそなえた強大な軍事力を背景に他の六国を征服して統一帝国が樹立さ れ、ザナ王レオン改めザナ帝国始皇帝マピデレによる中央集権的な統一支配が行われるようになりました。文字、交通インフラ、度量衡を統一し、多島海帝国を むすぶ交通が整備され、七王国の領域内で人々の移動や商業は活発化しました。

一方で皇帝による統一政策はかなり強硬に行われ、彼の政策は周りから見ても行き過ぎに見えるところがあり、旧六国の人々の中には恨みや反感も募っていま す。そのような状況下の多島海帝国で、決して柄が良いとは言えないものの人々から慕われ愛される若者クニ・ガルと、ザナとの戦いで一族をほぼ滅ぼされ、叔 父に育てられた青年マタ・ジンドゥ、蒲公英になぞらえられたり菊のようであったりと個性も異なり全く違う人生を歩む二人が、いつしか帝国打倒のために戦う ことになるのです。

ザナ帝国による圧政、それに対する反乱と、2人の対極的な若者が反乱軍に加わるまでの話がえがかれていますが、そうした人間たちの物語の背後には、かつて の七王国の守護神たちも影響を与えていきます。「イリアス」でも、ゼウスなどの神々が人間たちの争いにいろいろな形で関わる場面が出てきますが、この物語 でも神々が何かしら企てたり特定の人物に強い関心を抱いたりしており、まだ人間と神々の世界が完全に分かれていない世界を舞台にしているようです。神々た ちがこの先どのようにクニやマタの人生に影響を与えていくのか気になるところです。

本書の物語の土台には項羽と劉邦の物語があるようです。街のチンピラから小役人をへて山賊、そして自称公爵となり反乱軍にも加わるというクニ・ガルのあゆ みは劉邦のそれと重なり、将軍の家に生まれ、叔父に引き取られて育てられ、武勇と知恵を磨きながら育ったマタ・ジンドゥは項羽のようです。そのほかにも呂 雉や樊噲、蕭何、張良のような人たちもいれば、李斯や趙高のような人物もいます。

登場人物やこの世界で起こる出来事の展開は項羽と劉邦の物語や秦始皇帝周辺に関する事柄を知っていると非常に理解しやすい、「史記」の当該箇所を何かの形 で知っていると、物語を読み進めやすくなると思いますが、決してそのままというわけではありませんし、脇役の人物たちにも興味深い人々が出てきます。個人 的に特に気になる人物を一人取り上げるとすると、ザナ帝国の徴税吏の長だったのに、ひょんなことから帝国元帥となったキンドゥ・マラナという人物です。

元来武人ではない彼は、マピデレ皇帝の死後の政局混乱や民衆反乱で弱体化していたザナ帝国軍の立て直しをすすめ、ザナ帝国歴戦の将軍で隠遁生活にはいろう とするタンノウ・ナメンを巧みな弁舌で前線へと引き出して兵を率いさせるだけでなく、計略を持って艦隊を打ち破り、反乱軍弱体化のため王女の思いを巧みに 利用し、どう転んでもザナ有利な状況を作り出そうとする謀略を駆使するなど、只者ではない様子が伺えます。

今回はシリーズ1冊目の半分(続きは6月に出る予定)ということで、この先にどうなるのかはまだわからない状態で話が終わり、時間を待てという展開になっ ています。はたしてクニ、マタの運命はどうなっていくのか、項羽と劉邦の話を土台にしているとはいえ、全く同じで展開するとは思えず、次巻でどのような展 開と結末が用意されているのかは今の所わかりません。武勇に優れ共に同じ道を歩めるものは少ない孤高の存在とでもいうべきマタと、決して個人として圧倒的 に優れた能力があるというわけではないが勘所は外さないクニ、はたして天下は誰の手に握られるのか。権謀術数渦巻く世界で「蒲公英」と「菊」のどちらが咲 き誇ることになるのか、6月の続巻を楽しみに待つことにします。