まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ミハル・アイヴァス(阿部賢一訳)「黄金時代」河出書房新社

語り手が過去に訪れ、数年滞在していたある島について、島の風俗や社会の様子、歴史、言語などについて記録を残していきます。しかしその記録が延々と続け られるというわけではなく、途中から話の展開が大きく変わっていきます。それは、島においてある一冊の本のことを伝えられます。その「本」は普通に我々が 想像するものではなく、島民のだれもが自由に加筆したり修正することが出来るというものでした。

前半部分はこの島がどのようなところなのかという説明にあてられていると思います。島の町の構造はなんともふしぎであり、香り時計や水の壁などなどひじょ うに興味深いです。そしてこの島における物事のとらえ方については、現代の我々の多くがなじんでいるであろう見方とは随分違いがあります。この島の過去に ついて物語った箇所で、ヨーロッパの侵略を受けたことがありますが、侵略したヨーロッパがむしろこの島に侵食されていく様子が書かれています。こうしたこ とや水の壁に映っているモノはあくまでモノであり、壁の向こうの人々とは結びつきがないというとらえ方をしていることや、歴史というものに関心を示さない ことなどから、この島の人々にはヨーロッパ的な思考や論理とは違う思考法や物事のとらえ方をしている様子がうかがえます。

本書の前半を使って、名前は頻繁に変わり、接頭辞と接尾辞に挟まれた語幹がどんどんと変わっていく、さまざまな境界線が曖昧である、人間関係についても家 族や夫婦といった固定的関係を持たないなど、近代ヨーロッパ的思考や論理と異なる島の人々の思考や社会、文化について、想像力豊かな描写とともに描き出し ています。これだけをみると、この本は異文化を記述した文化誌的な本なのかとおもいきや、後半になるとまた違った展開を見せていきます。それが島に伝わる 本の話であり、島民が自由に中身をいじることができると言う設定になっています。

余白だけでなく、ポケットを作ってそこにどんどん書き足していくという構造の「本」ですが、いちおうのストーリーらしき物もあり、話は二つの王国の対立す る2人の王とその一族達の話がえがかえれています。しかしその内容も様々な挿話が付け加わり、脱線を繰り返す、そしておそらく「私」がここで語っている二 つの王国、二つの王家の話すら、その後色々と変わってしまっているところがあるという具合に、色々な変化を見せていきます。前半同様、後半も幻想的なイ メージの世界が次々に展開されていきます。個人的にはジェルでできた彫像ってどんな感じなのだろうと、あれこれ考えてみましたが、なかなか思いつきませ ん。どうやったら形を維持できるのだろう。

現代の日本でも、色々な人が少しずつ話を書きつなげていくリレー小説のような物をやってみた人はいるかもしれません。その際、一応の筋は考えていたり、続 ける人もそれなりには意識するところもあるかもしれませんが、全く違う話が展開し始めたり、それをまた戻そうとしたりと言うことはあるとおもいます。ま た、加筆や修正、削除が誰にでもできると言うところはウィキペディアなどのネット上の媒体を思わせるものがあります。複数の人達が関わり合いながらこう言 う物語を作っていくと言うことはできると思いますが、これを一人でまとめ上げ、幻想的な世界を作り上げているところに、この著者の凄さがあるんじゃないか なと読んでいて思いました。もっとも、一度読んだだけでこの世界に浸りきったかというとまだまだ不十分なので、また何度か機会をみて読みなおそうと思いま す。