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(再読)森谷公俊「アレクサンドロス大王 「世界征服者」の虚像と実像」講談社(選書メチエ)

アレクサンドロス大王東方遠征を開始してまたたくまに大国アケメネス朝ペルシアを征服し、当時としては未曾有の征服を成し遂げ、33才になる直前に死去 するという短くも激しい生涯は後の世の多くの人々を惹きつけ、様々なアレクサンドロス像が語られるようになっていきました。死後に伝説化されるだけでな く、既に生前から半ば伝説的存在となっていった大王について多くの研究者が様々な著作を残しています。

本書では主にアレクサンドロスペルシア帝国の間で戦われた3つの会戦について現在残されている史料を基に細かく分析しながら武将としてのアレクサンドロ スについて一つの像を提示するとともに、アレクサンドロスの東方政策、ダレイオス3世の実像と虚像についても検討していきます。

本書においてやはり中心となるのは3つの会戦の展開とそこに到るまでの過程、アレクサンドロスの勝因とペルシアの敗因を史料を基に展開したうえで、アレク サンドロスを完全無欠の天才としてではなく、色々と失敗も犯すものの、その都度成長を続けた軍事的天才として描き出した部分であろうと思います。

アレクサンドロスの戦い方において、少数の部隊を用いて先制攻撃を仕掛けて敵をつり出し、隊列の乱れや隙間をついて形勢を有利な方向に持って行くという場 面が見られますが、そのための手段も会戦のたびにより手の込んだ形に変わっていた様子が示されています。一方で彼の戦後処理の誤りとして初戦でギリシア人 傭兵を厳しく扱ったことが後々まで尾を引き、ギリシアの不穏な情勢をもたらす要因にもなったことなども指摘してます。そして、会戦の展開を分析するために 様々な史料をどのように解釈して結論を出したのかという過程をすべてではないですが一般向けにわかりやすく示しているところも良いと思います。


現在、日本におけるアレクサンドロス大王研究の第一人者といってもよい森谷公俊先生ですが、アレクサンドロス大王についての単著を色々と出し始めたのは 2000年頃からです(それ以前に「王妃オリュンピアス」を出していますが)。アレクサンドロスの会戦の分析とそこから得られる軍指揮官としてのアレクサ ンドロス像についてはすでにこの時点で結論がだされている様子がうかがえます(2013年の「図説アレクサンドロス大王」の前半部分はこの本の要約のよう な感じです)。

一方で東方との協調路線などについてはこの後さらに研究を進め、より掘りさげていったことが「アレクサンドロスの征服と神話」でしめされています。すでに 「アレクサンドロスの征服と神話」で著者なりのアレクサンドロス大王像をしめし、現在は東方遠征のルートの分析に力を注いでおられますが、現在に至るまで の著者のアレクサンドロス探求の一端が伺える一冊です。