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板橋拓己「アデナウアー 現代ドイツを創った政治家」中央公論新社(中公新書)

第2次世界大戦により国土は荒廃、東西に分裂したドイツにおいて、西ドイツの初代首相として西ドイツの国際社会への復帰、復興を進めたアデナウアーは国内でも非常に高い人気を誇る人物のようです。そんなアデナウアーについての評伝です。

本書ではアデナウアーの外交について多くの頁を割いています。ドイツの対外姿勢については、「中欧」としてのアイデンティティを模索し周辺への領土拡大を 図ることや、東西の梯になろうとするといった外交姿勢がかつてはありました。しかしアデナウアーはドイツの主権回復、再軍備、そして西側との統合を目指し ていき、フランスとの関係も重視していきます。そして反共産主義の姿勢を前面に打ち出し、あくまでドイツの継承国家は西ドイツであるとして東ドイツおよび 東ドイツが取り決めた事柄の否定(そのためオーデル・ナイセ線も認めない)といった事も指摘できます。なお、アデナウアー外交の成果とされることに関し て、東側の資料が公開される中で真相が明らかになっているところもあり、さらなる研究が進むかもしれませんが。

また、本書では公職追放にあったアデナウアーが戦後に「個人の自由」「キリスト教的倫理」「民主主義」を根底に据えたキリスト教民主同盟をつくりその党首 になった過程や背景についてもまとめられています。キリスト教倫理、個人の自由、そして民主主義を柱に据えた政党を作ったアデナウアーですが、ケルン市長 時代、そして西ドイツ首相時代も含め、政治家としてのアデナウアーは決して民主的な政治家ではなく、現実を見据えた上で、必要なことを実行していく政治家 であり、時として独善的・独裁的な面が強く表れると言うタイプだったようです。

また、西側統合を進めることを重視したアデナウアーは個人の認識としてはドイツ国民に戦争責任があると考えていたようですが、彼が国際社会でとった姿勢は ナチスに責任があるというものでした。またかつてのナチ党員の取り込みもすすめて有能な人材であればどんどん活用する姿勢をとっていきます。過去と向き合 うことに関して、道義的な問題より社会の安定・権力強化のほうが優先され、過去との向き合い方に問題があったことは認めつつ、一方でイスラエルユダヤ人 団体に対する補償の枠組みを作ったという点を本書では評価しています。

彼の考え方で、気になるところとしては西洋・キリスト教的なものに対置する形でソ連など共産主義圏はそれと対立する世界であると言う認識を示しています。 これのソ連の部分をイスラムに変換すると、そっくりそのまま現代のヨーロッパの一部勢力の考え方に適用可能なのではないかと思えてきますし、ヨーロッパを 西欧・キリスト教的世界としたところからスタートした現在のEUに到るヨーロッパ統合が、多様な要素を含むようになった現代において色々と問題を生じてい るというところも何となく分かる気がします。

生まれたのはまだドイツがホーエンツォレルン家による帝国だった時代、そしてヴァイマル共和国時代にはケルン市長を務め、ナチスによる迫害も経験、戦後冷 戦の時代に首相として国を率いた1世紀近い生涯を、アデナウアーが展開した外交を主軸にすえてコンパクトにまとめた一冊です。アデナウアーの行ったことが 戦後の西ドイツの歩む道を決定づけた(ブラントの東方外交も西側の一員としての西ドイツという前提があって進められている)ことがまとめられた一冊です。