まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

「池田嘉郎(編著)「第一次世界大戦と帝国の遺産」山川出版社」 

2014年は第一次世界大戦開戦から100年目となります。そのため、出版社でも第1次世界大戦に関する企画がいくつか立ち上がっていたりします。数年前から第一次世界大戦の時代についてのテーマ的書籍は色々と出ていましたが、今年はもっと色々出るのではないでしょうか。

今回取り上げた本は数年前の西洋史学会のシンポジウムがきっかけで、そこから様々な方面に執筆者を広げていくことでできあがったものです。第一次大戦というと、現代史の起点として、これをきっかけに生じた新しい状況については良く論じられたり、本に書かれたりしています。本書ではテーマとして、第一次世界大戦以前の地球上各地に存在していた「帝国」と、それが後の世界にどのように引き継がれたのか、あるいは全く違う姿に変化したのか、そこに視点を置きながら様々なテーマから扱われていきます

イギリスやフランスのような広大な植民地をもつ「植民地帝国」と植民地の関係や変容、ドイツで大戦の結果、従来から続く「帝国の遺産」が清算されるまでの過程、オーストリア・ハンガリー帝国支配下の地域における帝国消滅後にも広域圏をつくる構想が発展していった事例や、ロシア帝国解体後、ソヴィエト連邦として「帝国」が統合されていった事例、帝国の遺産が不平等条約として残された中国が、それをどのように解決しようとしたのかといったことも論じられています。

全体として、掲載されている論文は何れも興味深い内容が扱われていますが、少々生硬な感じを抱いた箇所もありました。スロバキアについて論じた論文において登場する「礫岩国家」というものが一体何なのか、本文だけでは少しぼんやりして捉えきれなかったため、もう少し具体的に知る方法はないかなと思いましたが、邦語文献で「礫岩国家」論を真正面から論じた文献がどれくらいあるのでしょう。また、「礫岩国家」論というものがどの程度通じるような概念になっているのか、そこのところが少々ひっかかりました。

「帝国」の遺産について論じた一冊ですが、その中でもちょっと変わったところから論じているものは、イギリスにおける古典教育が第一次世界大戦以後、どのように変わっていったのかを扱った論文です。第一次世界大戦前後の現代世界とは無縁に見える古代ギリシア・ローマの歴史がどのような形で現代に影響を与えていたのか、帝国の統治に当たるエリート達の認識を作るにあたり古代史の教育が与えていた影響というものを扱っています。教育がどの程度人の認識に影響を与えるのかと言うことは色々な場面で話題にされますが、当時の状況が古代史のとらえ方に影響を与えているということも言えるようですね。現代から遠く離れた時代のことが扱われてるとは言え、過去の題材を現代人が扱う過程で、現代的な視点で論じられていく以上、「古代史」だから現代とは無関係だとは言えないと思うのですが、昨今古代史や中世史は所詮ロマンだと言ったことを専門家ですら言う時代です。なかなか厳しい時代になったものですね。

第一次世界大戦の通史ではありませんが、文章も読みやすく、第一次大戦の一つの側面として「帝国」との関係がまとめられている一冊だと思います。全体的な通史も読みつつ、こう言う本も読むと理解が寄り深まるのではないでしょうか。