まずはこの辺は読んでみよう

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根津由喜夫「ビザンツ貴族と皇帝政権 コムネノス朝支配体制の成立過程」世界思想社

11世紀のビザンツ帝国は、ノルマン人やトルコ人の脅威にさらされたり、国内で反乱が多発した時期ということになっています。また、国内では、かつてはテ マ制に支えられた農民軍をもち皇帝が強力な力を発揮した中央集権的な時期に栄え、それがうまくいかなくなり貴族が台頭する中で段々と衰退していったという 感じの変化があったように見えるところもあります。しかし近年ではビザンツの衰退と絡めて語られてきた貴族達の動向やありかたについて再評価が進んでいる ようで、本書もそのような流れの中にある一冊だと思います。

まず、ビザンツ貴族には中央で文官を多く輩出する貴族と地方で力を付けた軍事貴族がおり(ただし、決して派閥抗争を繰り広げたわけではない)、軍事貴族と なった人々はたいていの場合はバシレイオス2世時代に登用された人々が後に強大化していったというパターンが多いこと、婚姻関係を結ぶことで地域で門閥を 形成していたこと、また、軍事貴族達の中には反乱を起こす者たちもいましたが、アレクシオス・コムネノス(皇帝アレクシオス1世)以前の反乱では、首都の 元老院議員や総主教といった人々との関係が反乱の成否に深く関わっていたことも明らかになっています。

軍事貴族達の中には皇帝に即位する者もいましたが、皇帝と貴族達の関係も時により違いがあったことも示されていきます。皇帝独裁を目指し親族だけでなく反 乱時の盟友達も中央政界から遠ざけた皇帝イサキオス1世のような人もいれば、皇帝位を一家の財産の如く継承しようとして他の貴族に何とかそれを渡さないよ う画策する皇帝コンスタンティノス10世のような人もいます。また、権力基盤が不安定な皇帝ロマノス4世がそれを強化するために軍事的栄光を欲し、それを 望まぬ貴族との対立が、最終的にマンジケルトの悲劇的な敗北へとつながったことも示されています。

そして、数多くの貴族の反乱や抗争の末に勝利者アレクシオス・コムネノスがコムネノス朝を樹立し、強力な権力基盤を築き上げ、ようやくビザンツ帝国が安定 を取り戻したことも描かれていきます。彼がそれまでの軍事貴族と違う点は、首都の勢力との協調無しに皇帝の位に就いたことから、かなり思い切った事ができ たらしいということ、さらに婚姻関係を通じて様々な貴族とコムネノス家を結びつけ、単なる貴族の連合ではない「コムネノス一門」を作り上げて権力基盤を安 定させていったことでしょうか。その辺りの様子は、対ノルマン人戦の人材配置をみると、ロベール・ギスカールと戦ったときは親族や反乱の同志を首都の守り や指揮官にすえていたのが、ボエモンと戦ったときには職業軍人や官僚が増えていると言った辺りにも反映されているようです。

大体上記のようなことを、本書においてプロソポグラフィーや印章学の成果を用いながら描き出していきます。研究手法にも新しい物を用いると、其れまでとは 違った物がみえてくるという実例のような本であると思いますが、欲を言えば、どのような印章が使われていたのか、図版があれば実際に掲載した上で、それを どう見るのかと言ったことの解説も付けてくれた方がわかりやすかったと思います。また、「~だろう」といった感じの文章が多く、少々推測に頼っているかな と思う所も見受けられました。

とはいえ、本書は11世紀ビザンツの政治史のながれもおさえつつ、ビザンツ貴族の実態やこの頃発生した反乱の成功と失敗の原因、皇帝権力のありかたなどを詳しく分析して描き出した一冊です。

また、出自を問わず採用され効率的に運用される官僚制、テマ制と屯田兵制に支えられた国民軍的軍隊、国家の保護と規制による産業育成等々、マケドニア朝な ど中期ビザンツの描き方に国民国家の理想が強く投影されていると言うようなことが指摘されていましたが、私もそれに強くとらわれていて、この本で扱われて いる時期は其れが崩れて弱体化していく時代だと思っていました。歴史を書く、歴史を読むときに自分の中にあるイメージに縛られないようにすることは難しい ようです。