まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ローズマリ・サトクリフ(猪熊葉子訳)「第九軍団のワシ」岩波書店(岩波少年文庫)

属州ブリタニアに赴任した百人隊長マーカスは、現地での争乱において足に重傷を負い、軍人としての立身出世、そして失った農園を買い戻すという夢を失いま す。やがて彼は叔父の家で傷を癒やしている時に闘技場でエスカという剣闘士奴隷を助け、買い取り、やがて二人の関係は単なる主人と奴隷という関係ではない 友人としての関係へと発展していきます。

そして、ある日叔父の家にやってきたローマ軍人から、かつて忽然と姿を消した第9軍団ヒスパナの鷲の軍旗が北方の現地氏族の神殿にまつられているという話 を聞きます。マーカスの父は第9軍団で指揮官を務めており、軍旗を取り返すことは父とその軍団の名誉回復、軍団復活につながると考えた彼はエスカとともに 取り返しに行くことを約束しますが、果たして無事に鷲の軍旗を取り戻し、軍団消失とともに失われた名誉の回復、そして第9軍団の復活はかなうのか。

児童文学ということですが、物語の舞台となるローマ時代のブリテン島について、かなり細かいところまで作り込みがなされているように感じましたし、旅に出 る前のマーカスと彼を取り巻く人々の様子がしっかり描かれています。この辺りで手を抜くと、説得力が低下したり、どこかしら話に無理が出るのですが、マー カスが負傷するまでの前半部分で挫折する人もいるようです。これと同じような話を日本で書くと、恐らく分かりやすさ最優先であちらこちらを飛ばしたりして いい加減な作りになりそうな気がします。そういえば、2011年の大河ドラマがそういう感じだったような…。

物語が進むにつれて、マーカスがエスカとの友情を深め、ついには鷲探索の旅に出る直前に、エスカを解放することになります。人が人を所有し、道具として使 うことが当たり前の時代にありながら、マーカスはエスカを奴隷としてではなくあくまで友として接しようとしています。途中で奴隷は奴隷としてしか見られな い若いローマ軍人を登場させることで、彼の考え方がより鮮明に示されているような気がします。

この旅を通じてマーカスの望みはかなったものとかなわなかったものがありましたが、辺境への旅を通じて、自分の姿を見つめ直し、新たな自分を見いだしてい きます。昔は父が果たせなかった軍人としての立身出世を成し遂げ、失われたエトルリアの農地を取り返そうと思っていた彼が、怪我と療養、辺境の旅、エスカ など様々な人々との関わりを通じてブリテン島で生きることを選ぶという、新しい生き方へと向かう姿から、色々と考えることは多いと思います。また、後半の ワシ探索と発見、そして帰還に至る冒険も所々スリリングな展開もあり、なかなか面白いです。人間成長、冒険といった王道のような話で、大人になってから読 んでも面白かったのですが、何とか子どものうちにこういう本を読んでみて欲しいなと思います。