まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

井野瀬久美惠「黒人王、白人王に謁見す」山川出版社

ヴィクトリア女王が黒人王に聖書を贈る場面を描いた一枚の絵画と、著者が見つけた「父がヴィクトリア女王より聖書を贈られた」と語る黒人王の渡英のニュー ス。そこから、この絵に描かれた黒人王の正体や、この絵の扱いの不思議さ(画家はかなりの大家なのに、まともな扱いをされていない&タイトルがいつの間に か忘れ去られている等々)、そして、「イングランドの偉大さの秘密」とは結局の所何なのかと言ったことに迫っていきます。

黒人王が誰なのか、この絵の不思議な扱いについては読んでもらえばいいことですし、あまりネタばらしはするべきではないので割愛しますが、この絵に描かれ たような出来事は実際に19世紀前半にあり、ヴィクトリア女王からアベオクタのアラケ(“王”とでもいっておく)が聖書を贈られたと言うことを、後に20 世紀初頭に近代化のモデルとしてイギリスを実際に見るために訪れた王が語っています(ちなみに、この時にも聖書が贈られています)。

世界史関係の本を読んでいると、キリスト教の布教が欧米列強による植民地化と結びついて語られていることがあります。宣教師が入り込むことと同時進行で鉄 道を引いたり、町を作ったりと、開発が進んでいくと言うことは良くあることでしたが、「文明化の使命」を胸に抱く欧米人にとり、聖書は彼らの導きの光であ り、アフリカの王に聖書を贈るという場面が表す物は、アフリカを文明化し、文明の恩恵にあずからせると言うことに他ならない事だったのでしょう。

では、アフリカ側は西洋の文明を一方的に受容、押しつけられるだけだったのかというと、そうとも言い切れない事例もあるのかなと言う気がしました。この本 で扱われているナイジェリアで唯一の独立国であるアベオクタで、国の独立を守るため、集権化を進め、近代化に取り組んでいましたが、そんなアベオクタが独 立を維持するうえでイギリスとの関係は非常に重要なものであり、イギリスとの良好な関係を保証し、象徴している物がヴィクトリア女王から贈られた聖書だっ たということのようです。もっとも19世紀後半から20世紀初め頃までは、イギリスにとっても、アベオクタが集権化してくれた方が都合が良かったというこ ともあるようですが(間接統治の際に利用できる首長として期待できる)。

そんな両国の関係が崩れたのは、半端に現地のことを知っていて、それ以上相手を知ろうとしなかったイギリス人総督のせいであった(ちなみにその人物は「間接統治の父」とみなされている)というのが何とも皮肉な物です。

なお、この絵が果たした役割についても当然書かれています。この絵が描かれた頃はちょうどヴィクトリア女王アルバート公を失った悲しみから、公務に出て こなくなってしまっていた時期です。君主としての振る舞いを人々に見せるという責務を果たせなくなった女王本人の代わりに、このような絵や文学作品などが 動員されていたと考えられています。その辺については、本当にそうなのかなあとも思ってしまうところもありますが…。