まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

塩野七生「十字軍物語1」新潮社

都市国家ローマができてから西ローマ帝国が滅亡するまでを一人で書き上げた「ローマ人の物語」が完結してから、次はどこを扱うのかが注目されていましたが、次のテーマに選んだのは十字軍でした。

本書で扱われているのはクレルモン公会議から第1回十字軍の始まり、そしてエルサレムを十字軍が攻略し、征服地に十字軍国家が作られるまでの期間です。ウ ルバヌス2世が十字軍を呼びかけ、それに応えた諸侯達が各自準備をおこない、コンスタンティノープルへ、そして小アジアへと渡り、イスラム勢力との戦いの 末にエルサレムを「解放」する、その過程を角煮あたって、主要メンバーとしてトゥールーズ伯サン・ジルと教皇代理アデマール、ロレーヌ公ゴドフロワと弟 ボードワン、プーリア公ボエモンドと甥のタンクレディという3組6人がとりあげられ、彼らの動向を描き出す形で結構詳しくかかれています。たとえば、アン ティオキアやエルサレムの攻略戦に関しては、図面つきでかなり頁も割いて説明しています。

読み終わってすぐに抱いた感想は、「読み物としては面白いけれど、最新の知見を得たりするのにはむかないんじゃないかな」とったところですね。ゴドフロ ワ、ボードワン、タンクレディあたりの活躍のほか(この辺の人達についてはかなり肯定的な書き方ですね。何気にタンクレディ辺りが好きなんじゃないかとい う気がしますが)、何故か人望のないサン・ジルの姿、教皇代理なのに何気に戦う方にも興味があるようなアデマールなどなど、十字軍に関わった様々な人々を 描きながら、第1回十字軍の遠征についてまとめ、あとはイスラム側の状況やビザンツの対応をちょろっと書いていく、そのような構成です。主要人物の中では ボードワン、ゴドフロワ、タンクレディ、ボエモンドあたりにはかなり高い評価をしているように感じました。

西欧側の動きにかなり焦点を絞った分、読みやすくなったと感じるか、食い足りないと感じるかは人それぞれでしょう(まあ、足りないと思えば別の本を探して 読めばいいのですが)。また、本書は何か新しい視点をあれこれ盛りこむより【物語】としてのまとまりを重視したような感じがしますので、この本以外の物も 読んで十字軍についての知識は補完した方がよいと思います。そのような、新しい知見をかなり反映させた十字軍の本としては、八塚春児「十字軍という聖戦」NHKブックスが 役に立つのではないでしょうか。特に第1巻で扱われている内容と重複する箇所が多く、ゴドフロワの参戦理由等々、読んでみると色々と違いが分かって面白い と思います。また、山辺規子「ノルマン騎士の地中海興亡史」にもボエモンドの活躍が書かれているので、併せて読んでみるといいのではないでしょうか。かな り違う視点から書かれており、一つの事象を様々な視点で見ながら考えるという点で良いと思います。
*うちのサイトでも、十字軍関連の書籍の紹介コーナーも作っていたりしますので、ぜひどうぞ。

また、本筋とは大きく外れますが、ビザンツについてはかなり評価が辛いなと。アレクシオス1世についてのかなり厳しいコメントの数々をみていると、やはり ビザンツローマ帝国の後継国家としては認めたくないという心情がどこかに働いているのではないかと言う気がしますし、最近のビザンツについての研究とか は多分目を通していないと思います(コムネノス一門に対する評価を見るとそう感じます)。