まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

澤田典子「アテネ民主政 命をかけた八人の政治家」講談社(選書メチエ)

アテネ民主政というと、成人男子市民による直接民主政ということは、教科書レベルでも習うことです。クレイステネスの改革によって一応できあがったとされる民主政が、その後どのような歩みをたどったのか、本書が扱うのはそのような内容です。

ミルティアデス、テミストクレスあたりからはじまり、デモステネスで終わる、アテネ民主政の歴史を人物中心に描いた一冊です。帯に「名誉か死か」とありま すが、政治家として成功すれば顕彰され、栄光に彩られるけれど、ちょっとしたことで一気に失墜する危険があり、最悪の場合弾劾裁判で有罪になり処刑される 事もあるということを考えると、この帯文でいいとおもいます(追記(27/12/2010):本書を読み終わった後には、一国の政治を預かるということの 重みについていろいろと考える人もいるのではないでしょうか。単純に並列してはいけないとは思いますが、昨今の政治に携わる人々の振るまい・言動を見てい ると、特にそのような思いを強く持つ人もいるかもしれません)。

民主政のアテネでは政治家が民衆を説得し、政策を実施していくことになりますが、そのための手段は時代によって変化していたことが書かれていきます。貴族 の威信、富、戦車競争(オリュンピア競技会などで行われている)での勝利、ストラテゴス(将軍)としての武功、そして弁論術と、政治家が民衆を「説得」す るために必要な物は時代によって移りゆき、それとともにアテネの直接民主政が完成に向かっていった様子がうかがえます。人物を通じて、アテネ民主政の歴史 をざっと見てみようという一冊で、制度の話は必要最低限という感じですが、人物から見ていく方が、読み物っぽくなるようなきがするので、アテネの歴史(後 はマケドニアの歴史)のとっかかりとして読むといいのかなという気がします。

さすがに史料があまりない人もいるため、章立てが個人ベースになっていても、内容を見ると複数の人が取り上げられていたりします。クレオンの章は途中から アルキビアデスの話になっているような気もしました。トラシュブロスやイフィクラテスの章も彼らの同時代に生きた政治家(コノン、カリストラトス、ティモ テオス)についての話が結構あったかなとおもいます。また、時々マケドニアの話に途中とんだりするところもあり、それらの部分の存在から記述が散漫だとと らえる人もいるかもしれません(個人的にはマケドニア史の話が多いと、サイトのネタに使えるのでありがたいのですが)。

本書では、アテネ民主政について、ヘロドトスの「歴史」で書かれているようなペイシストラトス家とアルクメオン家やキモン家の対立は実際には無かった(む しろ彼らは協力し合っていた)などのなかなか興味深い指摘があるほか、教科書や概説書ではあまりフォローされていない新しい説も紹介されており、陶片追放 について、貴族同士の対立抗争をよりマイルドな物にするために始まったという説が近年有力になりつつあることは初めて知りました。やはり色々勉強しておか ないといけないなあ。

また、著者がマケドニア史研究者なので、随所に当時のマケドニアの話が出てきます。そして、木材はこの時代、戦略物資(特にアテネにとっては必要な物) だったことがよくわかりました。それにつけても、講談社、「ヒストリエ」出してるのに、何でこうなったのか…?「あとがき」を読んで、さらに疑問は深まっ てしまいました。やっていることがなんというか、こう、ゴール前でボールをもらったのにそれを後ろにスルーした某日本代表FWのようでもったいないなあ。

ちなみに、最後のデモステネスの章は、著者の別の本(「アテネ最期の輝き」)を読んだ方が良く分かると思います(分量的に圧倒的に詳しいです)。

(追記)
毎日新聞「余録」日経新聞夕刊の書籍紹介欄でもちょろっと登場しています。意外と取り上げられている媒体が多かったんだなあ…。