まずはこの辺は読んでみよう

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ミロラド・パヴィチ「ハザール事典(男性版・女性版)

かつて中央アジアに実在し、忽然と姿を消したハザールという民族がいました。彼らはユダヤ教を信仰した数少ない民族ですが、本書はハザールがキリスト教イスラム教ユダヤ教のどれを受け入れるのかをめぐって論争があり、それぞれの当事者がまとめた
文章を本にし、それの第2版という設定を取った小説です。君主カガンが見た夢の謎を解くべく3宗教の代表が集められ、ハザール論争があった とされる9世紀、ハザールに関して、キリスト教イスラム教ユダヤ教それぞれの立場で文献をまとめ、第1版のハザール事典ができた17世紀、そしてハ ザールについて探求する20世紀の3つの時代に関わる話で、その時間の流れの中で人々は転生を繰り返し、性別などが入れ替わったりしながらも関わりを持 つ、そんな話です。

登場人物がどんな感じで転生しているのかを見てみると、夢の狩人の庇護者であったハザールの王女アテーは、言葉と性を奪われたかわりに永遠の生を得て、 17世紀には事典編集に関わった3人の一人であるマスーディと会い(ただ、マスーディ本人は目の前にアテーがいるとは全く気づかなかったのですが…)、さ らに1982年のイスタンブルのホテルでウェイトレスとなって現れます。彼女はイサイロ・スック博士の口に鍵を送り込みますが、彼は17世紀にハザール事 典編集に関わることになるアブラム・ブランコヴィチの生まれ代わりで、ブランコビッチがニコン・セヴァストに対してキリスト教支配が300年以上続くと予 言したため、スック博士は1982年になってヴァン・デル・スパークに転生していた悪魔ヤビル・イブン・アクシャニに殺されてしまいます。また、 17世紀のサムエル・コーエンとエフロシニア(彼女はどう考えても人外の物としか言いようがない描写です)は、20世紀にドロタ・シュルツ博士とヴァン・ デル・スパークの3歳の息子となって甦っていますが、かつて愛を誓ったとはとうてい思えない展開をたどっています。

始まりがカガンの夢で、その後も他人の夢に入ってそれを観察できる「夢の狩人」や、夢を通じて互いにつながっているような人々が登場したり(ブランコビッ チとコーエン)、全身に歴史記録の刺青を施されたハザールの使者など異形の物・不思議な物が次々に登場し、悪魔(ただし、3つの宗教で、ある宗教ではあく までも別の宗教ではそうでなかったりと、なかなか面倒な設定です)がでてきたり、かなり奇妙な設定と作りになっている本書ですが、色々読んでいって、ある 項目と別の項目がつながったり、転生も含めた人物関係のつながりが分かってきたときの爽快感は何ともいえません。そういう面白さを味わうだけでも十分楽し めるのではないでしょうか。他に色々深読み方は可能なのだと思いますが、それは、時間に余裕のある人に任せればいいことです。