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ジョージ・R・R・マーティン(酒井昭伸訳)「七王国の騎士」早川書房

氷と炎の歌」という中世イギリス、バラ戦争をモチーフとし、ウェスタロス大陸という架空の世界を舞台とした大長編大河小説があります。非常に重厚なファンタジーであり、群像劇で、現在もまだ完結してません。そんな作品ですが、本編と違う時代を舞台とした作品がいくつか書かれています。本書は本編からだいたい100年ほど前の時代を舞台とし、主人公の2人、草臥しの騎士ダンクとその従士エッグが、ターガリエン王朝がまだ安定していた時代の七王国の世界を旅し、旅の最中に遭遇した出来事を描いている物語です。

収録されているのは、ダンクが騎士となり、エッグと出会い、馬上槍試合に出場しようとした時にトラブルに巻き込まれる「草臥しの騎士」、「草臥しの騎士」から数年が経った後で、水などをめぐり対立する領主の一方に仕えるダンクが通称「紅後家蜘蛛」と呼ばれるようになった女領主に何か惹かれるものを感じる「誓約の剣」、そしてたまたま合流した騎士達と領主の結婚式やそこで行われる試合に参加する一方、その祝宴の裏で進められた陰謀が明かされる「謎の騎士」の3本です。

彼らの冒険は、ターガリエン王朝の支配がまだまだ続いている時代です。王族や貴族達の饗宴や祝宴、騎士達の馬上槍試合などきらびやかな場面が描かれ、一見すると泰平の世にみえる時代です。しかし、将来を嘱望された王族が予期せぬ形で死を迎えてしまったり(このことに関してはダンクの心の重荷になっているだけでなく多くの人を嘆かせている)、領主同士の水をめぐる係争やその日の暮らしにも事欠く貧民達もいることそして国を二分する大反乱となった「ブラックファイアの反乱」は鎮圧されたものの、なお僭王一族を支持するもの達も健在であることや、反乱でどちらの陣営につくかで扱いに歴然とした差がつけられていったこと、疫病の流行による荒廃など、影の部分も触れられています。

主人公のダンクは決して頭の回転が鋭くなく、要領よく生きられる人物でもありません。しかし騎士としてあるべき姿を追求し、自らを苦境に追い込むことになっても決してまことの騎士であろうとする姿勢はぶれません。作中、ダンクの回想で度々登場するサー・アーランもまた、ダンクの師匠らしいなと感じさせる騎士といった感じです。利発ではあるが、ちょっと余計なことを言ってしまうエッグはダンクを補うようなキャラクターとして描かれています。

謀略や騙し合い、裏切りが次々に登場する本編と比べてストレートでありかつシンプルな読みやすいストーリー展開となっています。ターガリエン王朝に陰りが見えてきている時代、ダンクは騎士としての生き様を貫くことがどこまでできるのか、そしてエッグはダンクとの旅を通じてどのような大人に成長していくのか。この凸凹コンビの旅が果たしてどのような展開をたどるのか、色々と楽しみですが、本編もまだまだ終わらないのに、こちらの物語がどのような結末を迎えるのか非常に楽しみです。