まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

久生十蘭の短篇集(岩波文庫、河出文庫、講談社文芸文庫)

今回は1冊ではなく、一人の作家の短篇集3冊と言う形で紹介させてもらおうと思います。そもそも、この作家のことを知ってから本を読んでみて、非常に面白いので2冊購入、1冊は図書館という形で読みすすめています。

読んだものは次の3つ。
久生十蘭短篇選」岩波書店岩波文庫
「十蘭万華鏡」河出書房新社河出文庫
「湖畔 ハムレット 久生十蘭短篇集」講談社講談社文芸文庫

久生十蘭について、すこし検索をかけて調べてみたところ、探偵小説で有名な人のようです。しかし今回読んだ短篇集に収録されている作品のジャンル、文体、どちらも非常に多岐にわたっており、「~~作家」というカテゴリー分けで収まるような作家ではありません。

収録作品は時代小説、歴史小説、幻想的小説、ミステリー、伝記物等々ですが、これだけ何でも書いているにもかかわらず、どれも非常に面白いから不思議なも のです。これだけいろんなジャンルに手を出すと、どれか一つくらいはちょっとどうかなとおもう時があるのですが、そういう作品には今回は全くあたりません でした。歴史物を例に取ると、殿様の腫れ上がった睾丸を当時の日本の医師たちが何とかして処置しようとする「玉取物語」やベアトリーチェ・チェンチの話を 平安時代に移して翻案した「無月物語」、ルートヴィヒ2世の死に至るまでを記録文書の引用も混ぜながら書いた「泡沫の記」、ゴロウニン事件を題材にした 「ヒコスケと艦長」等々がありましたが、どんな食材を与えられても見事に美味しく調理する凄腕料理人を彷彿とさせる仕上がりでした。

また、文章のテクニックについても、様々な読みを可能にする非常に凝った作品を書かれる方でもあり、熱烈なファンがいるのもうなずけます。「果たして自分 の読みはどうなんだろうか?」と読んでいて色々と迷わされたり、「そうか、そういうことだったのか」と後になって気がつくような仕掛があり、気がつくとは まり込んでしまいます。「湖畔」の読みは、主人公の妻の生死をめぐって一寸議論があるようですし、「鶴鍋」は何度も読み返さないとなかなか話の全体が分か らないとおもいます。

文章表現について、一種独特な感覚を与えているものが他にあるとするならば、一寸変わったルビの振り方や、ところどころ鏤められたカタカナ言葉の使用も挙げておくべきでしょう。昭和初期の雰囲気に一寸浸ることができますよ。