まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

G.K.チェスタトン「新ナポレオン奇譚」筑摩書房(ちくま文庫)

1984年(オーウェル村上春樹とおなじ「1984」です)のイギリス、そこは民主政治ではなく、くじ引きによって選ばれる専制君主が好きに政治をやっ ているという国家でした。民衆は皆愚かなんだから、誰がやっても同じだというところが、なかなか毒がある設定ですが。世の中は進歩し、よりよい方向へ向か うという考え方が一般的だった19世紀~20世紀初頭のヨーロッパの人々に対し、簡単には進歩なんかしねえぞと言わんばかりの設定です。

主人公のオーベロンはくじ引きによって王に選ばれて何をやったのかというと、「自由市憲章」を発表し、中世風の町並みや騎士道精神の復活を試みますが (で、ついでに各市ごとになんか適当な性格づけをしていくのですが…)、多くの人間はオーベロンのくだらない冗談程度にしか思っていません(彼の友人バー カーなんかはまさにそうです)。しかしこれに大まじめに反応したアダム・ウェインの登場によって予想だにしない事態がおこり、遂にロンドンで内戦が勃発す ることになるのです…。

原題は「ノッティングヒルのナポレオン」。ノッティングヒルはアダム・ウェインの住む街で、故郷の町並みを道路開発から守りたいという郷土愛あふれるウェ インが開発をしたがる他の市長に反抗したことから内戦が起こり、数的不利にもかかわらず勝利します。そして20年後の2004年、ノッティングヒルが帝国 化し、かつてのノッティングヒルのように自分たちの習慣や文化を大事にしようと考えている他の市に対して圧政を敷くようになっています。

「ナポレオン」という言葉がタイトルに入っているますが、ナポレオンが台頭し、没落する過程とアダム・ウェインとノッティングヒルの歴史が何となく重なっ ているように書かれています。革命戦争の過程でフランス革命の理念(自由・平等の理念)が広がる一方、ナポレオンのもとでの圧政に対し、大陸諸国でナショ ナリズムが高揚し、ついにナポレオンを打ち破っていくという展開ですが、それとまさに重なっているように感じました。

また、オーベロンがくじ引きで選ばれる前の部分では、バーカーとニカラグアの元大統領の語りの部分が非常に興味深く、バーカーの物言いは、自国のサッカー 協会をThe FA、自分の国でやっているゴルフ大会をThe Openとと言ってのける国の人間らしく、文明国の人間の傲慢さを相当皮肉を込めて書いているんじゃないかと言う気がします(ちなみに、チェスタトンボーア戦争では親ボーア人・反イギリスの論客として活動しています)。

この本は、アイルランドの独立闘争を進めたマイケル・コリンズが愛読していたそうですが、コリンズは自分の姿をアダム・ウェインと、アイルランドをノッ ティングヒルと重ね合わせていたのでしょうか。そうだとすると、20年後のノッティングヒル帝国の姿をどのように見ていたのか、非常に気になります。コリ ンズ自身は第1次大戦後のアイルランド内戦の最中に暗殺されてしまいますが、英国からの独立闘争の後で内戦状態に陥ったことについて、どのように思ってい たのか気になりますが、それはまた別の話。