まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

木畑洋一「チャーチル」山川出版社(世界史リブレット人)

2月の世界史リブレット人のうち、1冊はイギリスの首相などを歴任したチャーチルについて扱った一冊です。チャーチルというと、第二次世界大戦の時に強力 なリーダーシップを発揮して勝利に導いたというようなイメージがある人も多いかと思います。では、本書がチャーチルのリーダーシップなどを扱った本なのか というとそういう本であはりません。

今回、個人の特徴(レンガ積み、絵画といった趣味、読書好きと文才、戦争好きな子供時代と成人後の軍事への関心)については最小限にとどめつつ、チャーチ ルを扱った本書で重視しているのは、大英帝国チャーチルの関係です。チャーチルが生まれた頃は、ちょうど帝国主義の時代に世界が突入し、各国が植民地の 拡大を目指して動いていく時代でした。特にイギリスは広大な植民地を支配する帝国を作り上げていきますが、チャーチルの生涯をたどると、植民地との関係、 植民地経験がそこかしこに影響を与えているように見えてきます。

幼き日には父の都合でアイルランドに滞在したこともある彼ですが、キューバ反乱を鎮圧するスペイン軍と行動をともにしながら彼らのキューバについての態度 がイギリスのアイルランドに対する態度と酷似していることに気づき、連隊の一員として派遣されたインドで支配者として恵まれた環境のなか読書に耽り、文明 化の使命にもとづく帝国観を作り上げていきます。そして大英帝国を保持していくことこそ重要であると認識するようになり、帝国の強さと帝国の人々の自由と 繁栄を結びつけて考えるようになっていきます。

政治家としてのチャーチルは、ある時期までは社会帝国主義的な姿勢をもち、社会改革も進めていく立場であったことが指摘されています。海軍大臣になり海軍 の強化を社会改革より優先していくあたりから、従来の社会帝国主義的な面はうすれていくようですが、「文明化の使命」論者によくある支配される側の人々を 低く見る傾向はそのあとも残り続けています。

そして、本書では、彼が常に大英帝国の維持に注意を関心を払い、それに反する民族運動に対して批判的であるだけでなく、イギリス政府による英連邦の結成な どの動きに対してもよく思っていなかったことが指摘されています。それは第二次世界大戦における戦争の遂行にも表れており、地中海方面での作戦活動や、イ ンドから東の方へ進軍しようとするなど、大戦で速やかに勝利することよりイギリス帝国維持につながる戦いを優先したことなどが知られています。また、大西 洋憲章の民族自決的な項目に対して留保したり、アイルランドやインドなどイギリスに対して協力的でない国や地域に対して、厳しい対応を取ろうとしたことも 知られています。

第二次大戦後のイギリスは植民地を手放していくことになりますが、チャーチルにとっては第二次大戦末期に選挙戦で敗れ、ポツダム会談の途中から首相を降り ねばならず、その後も数年にわたり政権を担当できなかったことは痛恨の極みだったかもしれません。自分が政治以外のところで活動せざるを得なくなった時期 に、インドの独立など帝国解体の流れが進んでしまい、自らがまた首相になった際にはすでにそれを押しとどめることはできなくなっていました。

本書でのチャーチル像は、大英帝国を維持しようという思いが強く、現実のイギリスの力量について少々理解が不足している印象を強く与える描き方になってい るように感じました。その辺りの一端は蔵相として第一次大戦後の金本位制復帰の際にもうかがえるのですが、第二次世界大戦後にはそのような姿がより鮮明に なっています。チャーチル個人を描くことより、大英帝国との関係からチャーチルを見るという視点で捉えると、どうしてもそういう面が強く出てくるのでしょ う。なんとなく物足りないと思う人は、チャーチルの伝記はいくつか出ていますので、それを読んで補いましょう。