まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

松田俊道「サラディン」山川出版社(世界史リブレット人)

サラディンというと、映画「キングダム・オブ・ヘブン」でも優れた指導者として描かれています。西洋世界においてもサラディンは長きにわたり称賛されてきていますし、イスラム世界では聖地イェルサレムを奪回した英雄として今もなお人気があります。

その他に様々な伝説に彩られているサラディンですが、実際の所はどうだったのでしょうか。現存する史料においてサラディンについて軍事的栄光意外にも様々 なことが語られていますが、果たしてそれらの記述はどの程度信頼できるのかということも問題となります。サラディンの伝記は残されていますが、聖人伝のよ うな性格を持った著作のためです。

本書は様々な逸話や伝承、後世のイメージが積み重なって形成されているサラディンの姿に迫りつつ、彼の生きた時代を描き、コンパクトにまとめていこうとし ている一冊です。ファーティマ朝の滅亡とサラディンの台頭、そしてアイユーブ朝の樹立と言った流れと、エジプトにおいてサラディンが行ったイクター制度の 整備や財政改革、城塞や宗教施設の建設、カイロの町の復興など様々な業績、そしてイェルサレムの奪回とその後のイスラム都市への回復、ワクフ制度のエジプ トへの導入、サラディンの評価とつづいていきます。

本書はサラディンとその時代のエジプト、イェルサレムの状況をまとめた部分が中心となっています。サラディンというと必ず出てくるヒッティーンの合戦での 勝利についても、単に合戦があったと言うことが一箇所だけ触れられる程度ですし、第3回十字軍との戦いについてもあまり描かれていません。また、「英雄」 としてのサラディンとしての姿ではなく、エジプトのその後の歴史に対して彼の行いがどのような影響を与えたのかを示すことに重きを置いた本であり、血湧き 肉躍ると英雄伝と言う具合の本ではありません。あと、サラディンとヌール・アディーンの関係やアッバース朝カリフとサラディンの関係、そしてサラディンの 人柄についてもうちょい踏み込んで欲しいところもあります。確か、「イスラームの「英雄」サラディン」ではその辺について色々と書いてあった記憶がありま す。人物としてのサラディンについてて読むならそちらのほうがお薦めかもしれません。

とはいえ、サラディンと彼が生きた時代について軽く抑えるには丁度良いと思います。