まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

大谷敏夫「魏源と林則徐」山川出版社(世界史リブレット人)

世界史リブレット人シリーズの新刊として、今回は1冊で2人の人物を取り上げています。林則徐のほうは世界史の授業でアヘン戦争のことを習うと、必ず出て くる人物です。一方の魏源については、世界史の授業レベルではなかなか登場する機会はないでしょう。しかし、彼の書き残した「海国図誌」等の著作は、幕末 の日本人にも影響を与えています。

本書の構成は、まず林則徐と魏源の生きた時代の背景を説明していきます、その後に林則徐の生涯と魏源の生涯に1章ずつをさき、最後に彼らが後の時代に与え た影響をまとめています。彼らが登場し、活躍するようになった清朝中期の社会や経済についての説明、経世官僚と経世思想家についての説明があります。行 政・官吏任用・財政管理といった政治の基礎的な課題であり、経世官僚たちもその問題に取り組んでいたことが、彼らの時代より後のことも含めて書かれていき ます(科挙廃止の話まで書かれています)。個人的には塩業や金融業といった分野では特権商人が独占すると言うことを辞めて、新興の商人たちにも門戸を開い ていったという点が興味深いですね。外国貿易についてもひょっとしたら公行廃止への道を自ら歩む可能性はあったのかもしれないという想像をついついしてし まいました。

経世官僚としての林則徐の足跡をたどり、地方官として民生安定のために様々な政策を実施していた様子をコンパクトにまとめるとともに、単なる排外主義者で はない彼の開明的な側面を取り上げています。また、魏源が海運や塩政、治水について色々な提言を行い、実際に民生安定のために尽くしていた様子がうかがえ ます。彼ら2人とも、外国の技術などを学ぶことの重要性に気がついていることがうかがえます。その辺りのことは「海国図誌」に反映されています。

最後の章では魏源の著作が後の人々に与えた影響について、清朝や幕末の日本だけでなく、朝鮮半島に対する影響にも言及しています。魏源の著作のどのような 点に注目し、影響を受けたのかという事では違いがあり、攘夷とキリスト教禁止にいかされた朝鮮と海防思想に共感して研究した日本といった違いがあるようで す。同じ著作を読んでも、重要と見るポイントの違いが、その後の両国の運命を大きく分けたわけですが、「読む」事の難しさを感じます。一方、幕末維新の志 士たちは魏源の著作や思想の限界も知り、結局彼らが選び取るのは経世思想や供養額ではなく欧米の技術や制度を学ぶことであったわけですが、そのような方向 に進むことができた理由を考えてみる必要はありそうです。

最後に、本書ですが、数は少ないのですが、校正に少々難があると思う箇所がありました。胥吏について、吏胥ともいうと注で書いてありますし、本のタイトル は「吏胥篇」であるとは言え、本文での表記は統一した方がわかりやすくなったと思います。一冊の本で混在させるのはあまりよいとは言えません。また、捐納 についての説明は誤りでしょう。道光帝がこれをはじめは停止したが、1802(嘉慶7年)に再開、というのは明らかにおかしいのではないでしょうか。あ と、魏源の塩政に関する章ででてくる「塩攻」はなんとなく政の間違いではないかと思いますがどうでしょうか。