まずはこの辺は読んでみよう

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高野大輔「マンスール」山川出版社(世界史リブレット人)

7世紀に成立したイスラムはその後急速に勢力を拡大し、支配領域も拡大していきます。そんななかでイスラム世界の指導者カリフの位は信者の選挙から王朝的な継承へと変わっていきました。本書ではアッバース朝の事実上の開祖であるマンスールを取り上げています。

最初の章でマンスールが表舞台に出てくる前の状況、アッバース家とアッバース朝革命についてのまとめがあります。アッバース朝革命の時、マンスールはシー ア派の反乱に加わり、そのあと一度戻り、それからサッファーフの補佐役となっています。そしてこの時にアッバース朝革命の立役者アブー・ムスリムの凄さを 肌で感じることになります。

その後、カリフとなったマンスールはアブー・ムスリムなど自分の邪魔になりそうな人物を消し、さらに各地で起こる反乱や攻め込んできた東ローマ帝国を撃退 するなど内憂外患を乗り切り、バグダッドの建設や非アラブ人の高官登用、翻訳活動の始まりと学術の発展、マンスールを取り巻く人々と彼の人となりについて まとめていきます。

マンスール個人についてのエピソードはなかなか強烈なものがあります。死の直前、誰の目にも見えない予言めいたものが見え、運命を悟ったと言う話などがあ り、それはそれで興味深いのですが、なによりも敵になりそうな人物を片っ端から粛清し、厳格な人物である一方で王妃には頭が上がらないなどのエピソードも ありました。

マンスールを扱った本であり、マンスールの強烈な個性がアッバース朝の土台を固める上では重要だったと言うことはよく分かりました。しかし、実は本書を読 んでいて、マンスール以上にアブー・ムスリムという人物がなかなか興味深いと思いました。素性は全くわからない謎に包まれた人物なのですが、派遣されたホ ラーサーン地方でまたたくまに革命勢力を糾合して成功させ、その後もアッバース家のためにかなり思い切った行動をとり、彼を危険人物と見ていたマンスール のためにも歴戦の強者と自ら戦う事を引き受け華々しい活躍を見せた人物です。

このように人をまとめたり戦うことに関しては圧倒的な才能を発揮する人物ではあるのですが、マンスールから警戒・不信の目でみられていたことに気がつくの は死の間際、最後はマンスールにより殺害されてしまうという、何となくどこか抜けていると言いますか、自分が尽くしている相手はとことん信用してしまって いるところに人間っぽさを感じてしまいます。

この人の生き様を見ていると、何となく韓信を思い起こさせるものがあります。狡兎死して走狗煮らる、とは韓信が残した言葉ですが、アブー・ムスリムもアッ バース革命という大業を達成した途端にその手腕が今度は危険視されて消されることになったわけで、まさに用済みになった後は不要どころか放置するのは危険 であると言うことで粛清対象とされてしまうということは洋の東西を問わずに発生するようです。権力者に仕える時の身の処し方の難しさが垣間見える話でし た。