まずはこの辺は読んでみよう

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林采成「飲食朝鮮 帝国の中の「食」経済史」名古屋大学出版会

日本が植民地として組み込んだ朝鮮半島は日本に食糧を供給しており、朝鮮の米が日本の内地へと運ばれていたことなどはしばしば言及されることもあります。では、米以外のものはどうだったのか。植民地朝鮮の食料の生産−加工・流通−消費の流れが「帝国」日本でどのような仕組みとなっていたのか。そして、独立以後にどのようにつながりがあるのか。本書は植民地期の朝鮮半島の食料産業がどのように作り上げられたのかをみていきます。

米や牛、朝鮮人参といった朝鮮半島で産出していたものがいかに流通するようになったのかを明らかにする第一部、日本から持ち込まれた牛乳、西洋リンゴ、朝鮮半島から日本に伝わった明太子など、「帝国」日本のなかで新たに食べられるようになったものを総督府がそれをどのように管理したのかを扱う第二部、ビールや焼酎、タバコといった嗜好品が植民地期にどのように生産され流通していたのかといったことを扱う第三部をへて終章でまとめるという形をとっています。

タイトルを見ると、食文化の歴史の本のように見えますが、中身は多くの統計資料をもちい(時に過去の統計の誤りの修正も行っている)、そこから朝鮮における食料の生産や流通、消費のありかたや日本の総督府や商社の関わり、朝鮮半島だけでなく帝国全体での流通への発展といったことを明らかにする経済史の本です。統計資料の分析や多くの数字といった部分を読むのが辛いという人もいるかもしれません(私も実は結構目が滑るといいますか,時々論の展開から振り落とされそうになりました。もう少し勉強していれば)。

しかし、そうしたデータを分析しながら見えてくる事例はなかなか興味深いものがあります。例えば身体に関する話として、朝鮮半島から移出・輸出される食料が日本の内地の栄養事情を支えるために使われ(米は日本内地に移出され、朝鮮半島では麦類が中心に消費されたとか)、その結果朝鮮半島の人々の体格があまり良くない(成人男性の平均身長は下がっている)といったことを熱量指数の低下から導き出していきます。また朝鮮の牛についても日本内地への移出が増加したことから朝鮮半島の牛の数の停滞と体格の低下もおきたということをしめしていきます。朝鮮半島は帝国日本に栄養やものを供給する基地のような扱いと行ったところでしょうか。

そのほか、リンゴをめぐって日本人の農業移民が持ち込んで栽培が始まり生産量が増加した朝鮮リンゴと青森リンゴの競合がおきたことや、朝鮮リンゴ、そして明太子(これまた北海道で明太子を作るとそれと競合するようになります)の消費は西日本が中心であり、食に関して日本の中でも東西の違いを生み出していた形跡が見られることも興味深いです。

さらに、朝鮮の食料が日本内地への移出だけでなく満州国、中国といったところへの輸出も行われていたことも示されています。牛、朝鮮人参、ビールといったものが輸出されていますが、日中関係の悪化が人参の貿易を停滞させたり、リンゴが広く東アジアで売られて食されているということは興味深いことでした。そして、帝国のフードシステムに朝鮮総督府が関わりながら支配を強め利益を得ていく様子、三井物産が人参などの独占を通じ利益を得ていく様子だけでなく、生産や流通、加工に関わる業者もまた経済活動の中で利益を得ようとする様子がいろいろなところに見られます。フードシステムと帝国の支配がなかなか興味深いものがあります。

米だけでなく、朝鮮に外からもたらされた食材や嗜好品まで広い範囲を扱うことで、食をつうじて帝国の支配のあり方の一端がわかるような一冊となっています。そして、本書で示された分析の成果を、食文化の歴史や自然科学(身体とか牛の体格の話がありましたので)など様々な方向にも結びつけるとまたいろいろな成果が得られそうな気がしますし、より多くの人が読みやすい本ができそうな気もします。